大阪・国際金融都市構想の次の壁。「企業誘致」ではなく、金融実務が大阪に残る仕組みをつくれるか?



前回の記事では、大阪で生まれる金融案件が、なぜ東京へ流れやすいのかを考察しました。今回は、その補足編です。

記事公開後、大阪の金融実務に関わる読者様から、現場感のあるご指摘をいただきました。大阪・国際金融都市構想の本当の課題は、もはや「企業誘致」だけではありません。問題は、金融案件を大阪で回し、その経験を都市に残せるかどうかです。大阪はすでに、金融系外国企業等の進出、ワンストップ相談窓口、BCP機能、デュアルオペレーション体制の整備を進めています。つまり、「金融都市として何もない街」ではありません。

では次に何が問われるのか?

それは、拠点の数ではなく中身です。その拠点で金融実務がどこまで日常的に動いているのか。大阪で採用された人材がどの案件を経験し、そのノウハウが大阪に残っているのか。東京や海外で得た実務経験が、大阪へ戻ってきているのか。

本稿では、大阪が「拠点をつくる段階」から、「案件を動かし、人材を育て、経験を大阪に根づかせる段階」へ進むために必要な視点を整理します。

大阪は「国際金融都市」になれるのか?香港・シンガポール・ソウル・東京と比べて見えた現在地と、大阪に残された勝ち筋


大阪はすでに「何もない都市」ではない

まず確認しておきたいのは、大阪の国際金融都市構想が、第一段階では一定の成果を出しているという点です。

大阪府の戦略改訂資料では、金融系外国企業等の進出は2026年3月25日時点で31社に達しています。ここで重要なのは、これは「外資金融企業31社」ではなく、外資12社・内資19社を含む「金融系外国企業等31社」だという点です。業種別に見ると、資産運用業・金融商品取引業12社、フィンテック8社、その他11社という構成です。

ワンストップ相談窓口の利用件数も増えています。2022年度は54件、2023年度は91件、2024年度は106件、2025年度は122件。日本銀行大阪支店の資料でも、BCP大阪連絡会の参加先は2025年時点で32先となり、大阪拠点でデュアルオペレーション体制を構築する金融機関は「9割弱」に達しています。


項目 確認できる状況
金融系外国企業等の進出 2026年3月25日時点で31社
内訳 外資12社・内資19社
業種内訳 資産運用業・金融商品取引業12社、フィンテック8社、その他11社
ワンストップ相談件数 2022年度54件 → 2025年度122件
BCP大阪連絡会 2025年時点で32先参加
デュアルオペレーション導入 9割弱
大阪市の金融業・保険業 2021年時点で事業所数:約3,000、従業者数:約82,000人

デュアルオペレーションとは、平時から複数拠点で同種の業務を実施し、一方の拠点が停止しても、他方の拠点が業務を担える体制のことです。

つまり大阪は、進出支援、相談窓口、BCP、決済継続体制という土台をすでに持ち始めています。

問われているのは、その土台の上で、どれだけ金融実務が日常的に動いているかです。

本当のボトルネックは「中堅実務者層」の薄さ

読者様からいただいた現場の感覚は、日本銀行大阪支店の資料の記述とも重なっています。

同資料によれば、大阪拠点の人員はある程度充足している一方で、管理者ではない担当者層、特に転勤のない人員については不足感があり、増員が計画されている状況です。

不足しているのは、トップ層ではありません。日常業務を実際に回し、現場で経験を積み、次の人材を育てる中堅実務者層です。

人材確保のボトルネックとしては、東京本社の資金・決済部署では転勤制約のある人員が多いこと、本社バック部門では年齢構成的に転勤が難しい人員が多いこと、そして東京に比べて大阪では実務経験のある中途採用が難しいことが挙げられています。

大阪にオフィスを置くことはできる。大阪で人を採ることもできる。しかし、金融実務を日々回し、案件を処理し、ノウハウを積み上げられる人材市場は、まだ東京ほど厚くありません。

大阪の課題は「金融機能がゼロ」という話ではありません。実務の経験が大阪側に蓄積される流れが、まだ細いということです。

「大阪採用→東京育成→大阪復帰」という厳しい現実

日銀大阪支店の資料で示唆的なのは、人材育成の具体策として、東阪間の相互研修や長期滞在研修、輪番業務が紹介されていることです。さらに、大阪で採用した社員を半年から2年ほど東京で勤務させ、ノウハウを習得させる運用も確認できます。

これは、ある意味で大阪の厳しい現実を示しています。

大阪に拠点はできる。大阪で人を採ることもできる。しかし、高度な金融実務の経験値は、まだ東京側に厚く蓄積されています。そのため、大阪採用者を東京で育てて戻す。東京人材を一定期間大阪に送る。東阪間の輪番で業務を複線化する。そうした迂回ルートを通じて、実務経験を大阪へ移植していく必要があるのです。

ただし、これは弱点であると同時に、現実的な解決ルートでもあります。

東京依存を嘆くだけではなく、東京に蓄積されたノウハウを大阪へ戻す仕組みに変える。大阪採用者を東京で育て、その後大阪で実務を担わせる。東京人材を大阪へ送り込み、東阪間の業務を平時から複線化する。

この流れを制度として支えれば、東京依存は単なる従属関係ではなく、人材と実務経験の往還に変えられます。大阪は、拠点を増やす段階から、案件経験をどう大阪に移植し、定着させるかという段階へ移っています。

「上流機能ゼロ」ではない。しかし、層はまだ薄い

大阪にはVCもPEも投資銀行的機能もまったく存在しない、という言い方は正確ではありません。

国際金融都市OSAKAの公式情報を見ると、PE、シードVC、アーリーVC、海外アクセラレーター、デジタルアセット運用、ブティック型投資銀行など、上流に近い機能はすでに出始めています。

ただし、海外ベンチャーキャピタルは進出31社のうち1社にとどまります。東京、香港、シンガポールのように、投資家、運用者、法務、会計、評価、出口戦略、人材市場が一体で回るほどの厚みには、まだ到達していません。

課題は「あるか、ないか」ではありません。薄い機能を、どう厚くしていくかです。

現行制度は「入口づくり」には効いている

大阪府・大阪市の補助制度は、事前調査、法人設立、登録、オフィス賃借、設備、採用などを支援しています。大阪市内に新事業所を設け、新たに常時雇用者1名以上を確保することも要件に含まれています。

補助上限は、事前調査が最大110万円、拠点設立が最大1,000万円です。さらに、日本および大阪市域に初めて進出する資産運用業等やフィンテック事業を対象に、法人府民税・法人事業税を最大10年間軽減する制度もあります。

まずは大阪に来てもらい、拠点設立の初期負担を下げる。その設計は、第一段階としては妥当です。

一方で、第二段階には少し届きません。

現行制度は、「大阪に中堅実務者を何人置いたか」「平時からどの業務を大阪で回しているか」「東京研修後に何人が大阪へ戻ったか」「大阪拠点でどの程度、案件経験が積み上がっているか」といった指標には、まだ十分に紐づいていません。

補助金の設計が、拠点数や進出件数を増やす段階に最適化されており、実務経験を大阪に根づかせる段階にはまだ移行しきれていないのです。

海外金融都市が見ているのは「人が動き、業務が動いたか」

海外の先進事例を見ると、効果的な施策には共通点があります。単純な立地補助ではなく、訓練、配置、資格取得、帰任、定着、日常運用を制度条件やKPIに埋め込んでいることです。


人材育成・配置・帰任を支える制度

都市・国 主な施策 施策の中身 大阪への示唆
シンガポール Technology in Finance Immersion Programme / TFIP 中途人材を金融テック職へ転換する「研修後OJT」型プログラム。初期2期では75%がテック職に就職。2022年時点で70超の金融機関、約600人が参加 金融×IT、決済、リスク管理、サイバーなどの中途実務者育成に応用できる
シンガポール International Postings Programme / iPOST 海外・地域拠点への派遣を支援。2016年以降約110人を支援し、帰任後の役割をキャリアロードマップと整合 大阪採用者を東京本社・海外本社で育成し、大阪へ戻す制度設計の参考になる
シンガポール Sustainable Finance Skills Badge 金融実務者に持続可能金融の技能認証を発行。2025年5月時点で約150プログラム、参加者約1万人、Skills Badgeは7,800超発行 大阪でも金融実務ブートキャンプや資格・修了認証を可視化できる
香港 Asset and Wealth Management Sector 人材育成プログラム 資産運用・ウェルスマネジメント分野の学生インターン、実務家研修を支援。実務家研修受講者は275人→449人→864人へ増加 何人採用したかだけでなく、どの金融機能に配置されたかを測るべき
香港 Fintech Practitioners Training Subsidy フィンテック資格取得者に訓練費を補助。2023年68人、2024年43人、2025年82人が資格取得 補助金を出すだけでなく、資格取得・実務配置まで追う仕組みが必要

制度の設計思想はどれも同じです。人を送り込むことが目的ではなく、送り込んだ人がどの職能を担い、学んだ後にどこへ戻り、実務に接続されたかまで問う。

大阪に必要なのも、単なる金融人材育成講座ではありません。決済、リスク管理、コンプライアンス、ファンド管理、デジタル証券、サイバーセキュリティなど、実際の金融実務に接続する形で人材を育て、その人材が大阪拠点で業務を担うところまで設計する必要があります。


BCP・定着・生活支援を支える制度

出展:Wikipedia

都市・国 主な施策 施策の中身 大阪への示唆
英国・ロンドン Operational Resilience Framework 重要業務を特定し、impact toleranceを設定。2022年3月31日発効、3年以内に実装完了を求める枠組み 大阪のBCP拠点も「有事の看板」ではなく、平時から検証可能な運用拠点にする必要がある
英国 Financial Services Professional apprenticeship standard 銀行、投資運用、投資銀行などを対象とする職業訓練。英国全体では2023/24年度にapprenticeship starts 339,580、higher apprenticeship starts 122,230 大学・専門機関と金融機関が連携し、働きながら育てる長期プログラムの参考になる
オランダ・アムステルダム IN Amsterdam / 高度人材ワンストップ支援 国際企業・高度人材・家族帯同をワンストップで支援。高度人材ビザはrecognized sponsorが申請 金融人材本人だけでなく、家族・学校・医療・住宅を含めた定着支援が必要

英国のオペレーショナル・レジリエンス規制枠組みは、大阪のBCP拠点にそのまま当てはまります。有事のための看板を掲げるだけでは不十分で、平時から重要業務を動かし、復旧訓練や運用実績によって機能を検証できる状態にしておくことが求められます。

アムステルダムのIN Amsterdamが、金融人材本人だけでなく家族帯同、学校、医療、住宅まで一括支援しているのも重要です。高度人材は本人だけでは動きません。「来てもらう」から「根づいてもらう」への発想の転換が必要になります。

大阪が次に追うべきKPI

海外事例が示しているのは、金融都市の競争力は企業数だけでは測れないということです。実際に人が動き、業務が動き、経験が都市に残っているか。その実態を測る指標が必要になります。


KPI 見るべき意味
大阪拠点の実働FTE純増 法人設立だけでなく、実際に人員が増えているか
機能別配置人数 フロント・ミドル・バック・リスク・コンプライアンス・ITなど、どの機能が大阪にあるか
中途実務家比率 3年以上の金融実務経験者が大阪拠点にどれだけいるか
東京・海外研修後の大阪帰任率 東京や本社で学んだノウハウが大阪へ戻っているか
重要業務の大阪平時処理シェア 有事対応だけでなく、日常業務として大阪で処理されているか
RTO・復旧訓練の達成率 BCP拠点として実際に機能するか
ワンストップ相談の成約率 相談件数だけでなく、設立・免許取得・定着まで進んだか
研修・資格・技能認証の修了者数 大阪で金融実務人材が育っているか

KPIの主語を「企業」から「業務」と「人材」に移すことが、ここでの核心です。

何社来たかではなく、どの業務が大阪で回っているのか。何人採用したかではなく、その人材がどの案件を経験したのか。東京から何人派遣されたかではなく、その知見が大阪側に残ったのか。この問いに答えられなければ、国際金融都市構想は拠点誘致の段階にとどまります。

KPIを動かすための政策メニュー

では、大阪府・大阪市は何を支援すべきなのでしょうか。

事前調査、法人設立、登録、オフィス賃借、採用費用の支援は引き続き重要です。しかし次の段階では、補助金の焦点を「登記」や「拠点設立」から「人材配置」「実務移管」「帰任後定着」へ移す必要があります。


支援策 狙い 制度設計のポイント
中堅実務者配置補助 名目拠点ではなく実務人材を置かせる 職務内容・経験年数・担当業務まで確認する
東京・海外本社研修後の大阪帰任支援 東京や本社の経験を大阪へ移植する 研修後の帰任率と大阪勤務期間を追う
平時業務の大阪移管補助 BCP拠点を日常業務拠点に変える 業務マニュアル・内部統制・システム改修まで支援する
金融実務ブートキャンプ 中堅実務者を大阪で育てる 決済・規制・ファンド・AML/CFT・BCPなど実務に寄せる
採用伴走支援 大阪で経験者を採りやすくする 人材紹介・採用フェア・移住相談まで行政が関与する
家族帯同コンシェルジュ 高度人材の定着を支える 学校・医療・住宅・生活手続きを一括支援する
大阪デュアルオペレーション認証 平時から業務を回す拠点を可視化する 重要業務数・処理量・復旧訓練・RTO達成率を評価する

支援対象の判断軸は、「企業が来たか」から「人が配置され、業務が動き、経験が残ったか」へ変えるべきです。

たとえば、資金繰り、決済、証券決済、デリバティブ、リスク管理、コンプライアンス、ファンド管理、デジタル証券、不動産金融、スタートアップ投資など、大阪で平時から担当する業務を明示させる。そのうえで、一定以上の経験を持つ中堅人材を配置した場合に補助率を上げる。

大阪採用者が東京本社や海外本社で実務研修を受け、その後大阪に戻る場合には、研修費・住居費の一部を補助しつつ、一定期間の大阪勤務を条件とする。BCP拠点については、有事対応にとどまらず、東京で行っていた一部業務を大阪へ移管するためのシステム改修、人材研修、業務マニュアル整備まで支援する。

派手な政策ではありません。しかし、金融都市の実体は、こうした業務移管と人材育成の積み重ねでしか厚くなりません。

大阪は「東京の縮小版」をめざす必要はない

大阪が東京や香港、シンガポールをそのまま追いかける必要はありません。

大阪の強みは、総合金融センターとして東京と肩を並べることではなく、関西経済圏の実体と接続した実務型の金融拠点として深掘りできる点にあります。言い換えれば、大阪がめざすべきは、東京型の本社金融都市ではなく、関西の製造業、医療、都市開発、観光、不動産、物流、エネルギー、スタートアップに資金と金融実務を接続する「実体経済接続型の金融都市」です。

関西には、金融と接続できる実体経済が分厚く存在します。ここに資金供給、投資スキーム、デジタル証券、不動産金融、スタートアップ投資が結びつけば、大阪独自の金融都市モデルを作る余地は十分にあります。

必要なのは、大阪で案件を動かすこと。その案件に実務者を配置すること。東京や海外で得た経験を大阪に戻すこと。この三つが連動したとき、大阪は単なるBCP都市ではなく、実務が積み上がる金融都市へ進化します。

まとめ:大阪の次の勝負は「経験の蓄積」である

大阪の国際金融都市構想は、入口整備の段階をほぼ越えつつあります。金融系外国企業等の進出、ワンストップ相談件数、BCP大阪連絡会の拡充、デュアルオペレーションの広がりを見る限り、土台は確実に動いています。

しかし、次の壁は明確です。金融案件を大阪で回し、その経験を中堅実務者層に積み上げ、採用市場そのものを厚くしていく流れをどう設計するかです。

大阪に必要なのは、「東京にあるものを全部そろえる」ことではありません。大阪に生まれた案件を大阪で処理し、大阪で人材を育て、大阪に経験を根づかせること。国際金融都市とは、企業の看板が並ぶ場所ではなく、案件と人材と経験が都市の中で動き続ける場所です。大阪が次に超えるべき課題は、まさにそこにあります。






出典・参考資料

  • 大阪府・大阪市「国際金融都市OSAKA」関連資料
  • 大阪府「国際金融都市OSAKA 戦略改訂」関連資料
  • 国際金融ワンストップサポートセンター大阪 関連資料
  • 日本銀行大阪支店「BCP大阪連絡会 第16回会合資料」
  • 2021年経済センサス
  • 大阪府 高度外国人材向けインターナショナルスクール需要調査関連資料
  • JNTO 外国人患者受入れ医療機関リスト・JMIP関連資料
  • シンガポール MAS・IBF・WSG 関連資料
  • 香港 FSTB 関連資料
  • 英国 FCA・PRA・BoE オペレーショナル・レジリエンス関連資料
  • アムステルダム IN Amsterdam・高度人材受入れ関連資料
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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