大阪市高速電気軌道株式会社(Osaka Metro)は、2025年5月29日、2026年3月期にあたる2025年度のグループ事業計画を発表しました。営業収益は前期比16%増の2,360億円、営業利益は435億円と、大阪・関西万博の開催に伴う鉄道利用の増加によって大幅な増収を見込んでいます。
しかし今回の計画が示す本質は、こうした一過性の好調ではありません。
焦点はむしろ、「鉄道会社」の枠を超えて、都市を動かすプラットフォーマー──つまり“都市を司る企業”へと進化しようとする明確な意思にあります。
黒字の陰にある「一本足経営」という構造的リスク
セグメント | 営業収益 | 営業利益 | 構成比(%) |
---|---|---|---|
鉄道事業 | 1,975 | 406 | 83.7% |
バス事業 | 181 | 0 | 7.7% |
セグメント内取引消去 | ▲42 | ― | - |
マーケティング・生活支援サービス事業 | 139 | 4 | 5.9% |
都市開発事業 | 107 | 17 | 4.5% |
広告事業 | 48 | 8 | 2.0% |
その他 | ▲49 | 0 | - |
合計(連結) | 2,360 | 435 | 100.0% |
まず前提として、現在の黒字は決して盤石とは言えません。今回発表された、2026年3月期のグループ事業計画で掲げられた、売上構成を見ると、交通事業だけで全体の9割近くを占めており、極端な鉄道依存構造にあることがわかります。
このような構造のまま少子高齢化や在宅勤務の定着が進めば、鉄道需要の減少とともに、運転本数の削減や設備更新の遅延、場合によっては駅の休止・廃止といった“縮小の連鎖”が現実になる恐れがあります。
特に、大阪メトロはもともと公営企業だった経緯もあり、私鉄各社が進めてきたような不動産や流通部門の多角化が進んでこなかったという背景もあります。全長137.8kmにも及ぶ鉄道網を維持するには、膨大なコストが必要であり、現在の一本足体制は持続性に欠けるといわざるをえません。
多角化で経営の“足腰”を鍛える──4つの戦略軸
この危機感を受け、大阪メトロは「鉄道×不動産×商業×デジタルサービス」という4つの軸で多角化を進めています。
特に注力する分野が、「都市開発」と「駅ナカ・駅チカ商業施設」です。事業計画では、オフィスビル・タワーマンション・ホテルなどによる高度利用と資産価値向上を明確に打ち出しており、自社所有地や参画可能な開発案件への積極的な投資が視野に入れられています。
これは、私鉄が培ってきた「沿線価値創造型」の都市経営モデルを大阪メトロが取り入れはじめた証でもあります。鉄道インフラ単体ではなく、都市そのものを収益源とする視点への転換が鮮明になってきました。
都市OS構想──交通データが「都市の脈拍」を読む
さらに、大阪メトロが掲げるもう一つのキーワードが「都市OS構想」です。都市OSとは、都市のあらゆる機能──交通・人流・商業・防災・エネルギーなど──をデジタルでつなぎ、都市そのものを制御・最適化するための“頭脳”をつくるというビジョンです。スマートフォンにおけるiOSやAndroidのように、都市空間における情報インフラを担おうというものです。
都市OSの中核をなすのが、MaaSアプリ「e METRO」。これは乗換案内や時刻表確認にとどまらず、移動履歴や決済情報、イベント参加データなどをリアルタイムで収集・分析するプラットフォームとして設計されています。
これにより実現するのは、以下のような高度な都市最適化です:
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駅構内や周辺の混雑予測と分散誘導
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POSデータや購買履歴に応じた広告・クーポン配信
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イベント時の乗客誘導シナリオの自動生成
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顧客動向をもとにしたテナント配置・営業時間の最適化
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駅の防犯カメラ、改札データ、サイネージなどの統合運用
これらは単なる業務効率化にとどまらず、「都市という巨大な生命体の脈拍を読み取り、それに応じて都市そのものを賢く動かす」という、これまでの鉄道会社にはなかった挑戦です。
こうした構想の実現に向けては、社内のデジタルスキル向上も不可欠です。大阪メトロでは、DX人材の育成や組織の意識改革にも着手しており、単なるIT導入ではなく、企業文化そのものをアップデートしようとしています。
移動データの取得、購買・行動の可視化、リアルとデジタルを接続する情報基盤の整備など、「鉄道×情報」が生み出す新しい価値の創造が、次世代のメトロの姿をかたちづくっていきます。
デジタル施策は「誰のため」か? 両刃の剣をどう扱うか
とはいえ、ビッグデータやDXによる最適化は、常に両刃の剣です。
便利さと引き換えに、透明性や公平性が損なわれる可能性もあります。
たとえば「ダイナミックプライシング」。混雑時は料金を高く、空いている時間は安くすることでピークを分散させる仕組みは合理的ですが、時間に自由がない層──通勤が必須な人、子育て世代、介護を担う人など──にとっては、“選べない高額”という実質的な負担増につながるおそれもあります。
デジタルマーケティングについても、購買履歴に応じた利便性向上が実現する一方で、「購買力のある層」に最適化されすぎると、マイノリティや非主流の生活スタイルが無視される危険もあります。
また、ダイヤ改正などの“最適化”も、乗降データに基づく「合理化」が、実質的には“利用者の少ない駅の切り捨て”になる可能性もあります。
要するに、「誰のための最適化か」が常に問われているのです。
都市の未来をつくる企業へ──“道具”としてのDXを手に
こうしたリスクを乗り越え、デジタル施策を真に価値あるものにするには、大阪メトロと利用者が“ウィンウィン”になる視点が不可欠です。
大阪メトロはまず、多角化によって経営の足腰を鍛え、安定的な収益基盤を築く必要があります。その上で、DXや都市OSといった取り組みを「絵に描いた餅」ではなく、実際に都市の利便性と公平性を高める“道具”として活用することが求められます。
もしそれが実現すれば、大阪メトロは単なる鉄道会社ではなく、都市の脈動を読み取り、動かす──つまり、“都市を司る企業”としての地位を確立することができるでしょう。
そして私たち利用者もまた、その都市OSのユーザーとして、日々の暮らしの中で都市を動かす力の一端を担う存在へと変わっていくのです。
※出典:Osaka Metro Group「2025年度(2026年3月期)事業計画資料」より(数値は全て億円単位)
データ、数字は存在するだけでは意味がない。
データ、数字をどのように分析し活用するかに意味がある。
私はそのように考えます。
大阪メトロの挑戦の可否はデータ、数字の分析活用の判断如何に掛かっていると考えます。
大丈夫かとは思いますが、くれぐれもデータ、数字に振り回されて失敗する事がないように期待しています。