ナビタイムが読み解いた訪日外国人の行動データから見える、万博のリアルな存在感
2025年4月13日に開幕した大阪・関西万博。株式会社ナビタイムジャパンは、訪日外国人向けナビアプリ『Japan Travel by NAVITIME』のGPSデータを分析し、開幕から1ヶ月間のインバウンド動向を明らかにしました。本記事では、その結果と読み取れる旅行者の行動心理、そして都市・観光戦略への示唆をまとめます。
昼から夕方にかけて集中する「万博での消費可能時間」

出展:ナビタイムジャパン
ナビタイムによる分析では、万博会場の滞在者は開場時間(9時~22時)のうち、特に11時台から14時台、そして17時台に集中していることが明らかになりました。午前中や夜間の滞在は少なく、多くの旅行者にとって「滞在可能な時間帯」は昼間に限られていることがわかります。
この傾向はアジア・欧米問わず共通していますが、特にアメリカの旅行者は12時〜16時台に集中し、17時以降は急減少。一方でアジアの旅行者は14時台と17時台に小さなピークがあり、欧州は12時台を中心にゆるやかに減少します。
この結果は、万博の混雑緩和・イベントスケジュール策定・夜間券施策の有効性を評価する材料となり得ます。
訪問先に現れる「自国回帰」と「共通関心」
旅行者のパビリオン回遊傾向にも興味深い特徴があります。例えばタイとフランスの訪問者は、自国のパビリオンを最も多く訪れており、その後はGUNDAM館、よしもと館、日本館、リングサイドマーケットプレイス西など、比較的視覚的で分かりやすい展示へと流れていきます。
一方、アメリカの訪問者は特定のパビリオンに集中せず、広範に回遊する傾向が確認されました。UAEパビリオンやコモンズA館など、多国籍性の強い施設も訪問が多く、自国展示に縛られず「万博を横断的に体験する」層として際立っています。
この差は、万博が「自己文化の再確認の場」でもあり「世界文化の探索の場」でもあるという二面性を示しており、国家ブランディングと共感創出の双方の機能を備えていることが裏付けられます。
交通手段は鉄道が圧倒的、帰路で東ゲート集中
来場者の移動手段については、行き帰りともに鉄道利用が80%を超えることが明らかにされました。とりわけ帰路の鉄道利用比率が高くなる傾向は、会場東ゲートが鉄道拠点であることに起因しています。
また、会期前後の駅利用者数の変化を全国規模で比較したところ、夢洲駅の利用者数は42.8倍に跳ね上がり、全国1位となりました。桜のシーズンで利用が急増する弘前駅や盛岡駅を大きく上回る結果であり、万博効果の交通面でのインパクトが可視化された格好です。
周遊傾向に表れる“旅の設計思想”の違い
出展:ナビタイムジャパン
訪日外国人の万博以外での立ち寄り先を分析した結果、アジア圏の旅行者は関西圏に集中し、欧米の旅行者は広域に分散する傾向が浮かび上がりました。
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アジア圏:大阪市、京都市、泉佐野市、田尻町など空港近接+都市観光が中心。
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米国:東京→京都→大阪という「ゴールデンルート」に沿った構成。
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欧州:上記に加えて、広島市、金沢市、高山市などへも広く展開。
この行動からは、短期滞在型のアジア客と、長期滞在型の欧米客とで「観光距離感覚」に違いがあることが読み取れます。今後の観光政策や鉄道・宿泊施策には、こうした属性ごとの動線設計が求められるでしょう。
奈良公園が万博とあわせた訪問先で1位に

出展:ナビタイムジャパン
特に注目されるのが、「万博と一緒に訪れた場所」ランキングで奈良公園が1位となった点です。大阪・京都と並ぶ古都としての魅力に加え、鹿や自然とのふれあいといった異なる体験軸があることが、万博と組み合わせやすい要因と考えられます。
その他、大阪市内の商業施設や京都の社寺などがランクインしており、「歴史×現代×未来」という観光の多層性の中に万博が組み込まれている構造が浮かび上がります。
考察:訪日客にとっての万博の“意味づけ”が問われている

今回のナビタイムによるデータは、単に「どこへ行ったか」だけでなく、「なぜそこへ立ち寄ったのか」の意図まで推測できるものであり、観光政策やMICE戦略に対する示唆は極めて大きいものです。とくに見逃せないのは、万博が“主目的地”としてではなく、“流動的な旅程の中に自然に組み込まれた場所”として認識されている点です。
この「旅の中継点」としての機能は、悪いことではありません。むしろ都市間連携や周遊型観光が促進される現代において、万博が“動線の中の価値ある停車場”として評価されることは、再訪や回遊性向上に直結するからです。
とはいえ、主催者側が「単独目的地」として設計した施設と、旅行者が「旅の途中で立ち寄る場所」として捉えるギャップは、会場運営・交通政策・広報戦略において再検証すべき課題です。
「日本らしさ」と「世界らしさ」の交差点としてのパビリオン選好

パビリオンの訪問傾向にも、ナラティブ(物語)を求める行動特性がにじみます。タイやフランスの旅行者が自国パビリオンにまず訪れるのは、異国の地で“自己の文化がどう扱われているか”を確認したい心理の表れです。これは、世界における自己のアイデンティティを再確認し、共感を得たいというグローバル市民としての行動とも言えます。
その上で彼らがGUNDAM館やよしもと館といった**“いかにも日本的”な施設に向かう流れは、異文化体験の定番ルート**です。ここには「自分」と「相手」の文化を行き来する視点が見られ、万博が持つ“国際文化の交差点”としてのポテンシャルを再認識させられます。
“可視化された動線”がもたらす、次の観光政策

今回の分析が教えてくれるのは、もはや「来るか・来ないか」という二元論ではなく、「どのように流れ、何を意味づけたか」の設計こそが、観光政策やイベント戦略の中核になるということです。
夢洲駅の42.8倍という圧倒的な増加率、関西圏内の“地続き的な動き”、ゴールデンルートに組み込まれる万博、そして夜間券による時間軸での最適化……これらはすべて、「都市の機能が、旅の構造にどう組み込まれるか」という問いへの答えの断片でもあります。
万博の真のレガシーは「旅の設計思想」を変えること

今後の課題は、こうしたデータを短期的な入場者対策に使うだけでなく、長期的な都市戦略・観光の質的向上につなげていけるかどうかにあります。
大阪・関西万博が、単なる消費型イベントとして終わるのではなく、「訪日客の旅の設計思想に変化をもたらした」と評価されるなら、それこそがこのイベントの最大のレガシーとなるでしょう。
出典:株式会社ナビタイムジャパン「訪日外国人旅行者の大阪・関西万博における滞在・来訪動向分析」(2025年6月10日)