星野リゾートは2025年9月25日、奈良県明日香村に最高級ブランド「星のや」を冠するホテル「星のや飛鳥」を2027年に開業すると発表しました。奈良市では旧奈良監獄を活用した複合施設の整備を進めており、2026年4月27日に「奈良監獄ミュージアム」を先行オープン、同年内に「星のや奈良監獄」(全48室)も開業予定です。奈良県内に2軒の「星のや」をそろえるのは異例であり、その背景には需給ギャップ、市場戦略、文化財活用といった多層的な狙いが読み取れます。
明日香村に「星のや飛鳥」
「星のや飛鳥」は、明日香村西部の谷あいに建設されます。敷地面積は約5万㎡、延床面積は約5,500㎡で、全35室の低層分棟型宿泊棟を配置。飛鳥時代に仏教とともに伝わった瓦屋根を取り入れ、歴史的景観に調和させます。中心には棚田をイメージした庭園を整備し、石舞台古墳や高松塚古墳など周辺の史跡と連動した滞在体験を演出します。
明日香村は「古都法」「明日香法」によって行政区域全域が歴史的風土特別保存地区に指定された日本唯一の自治体です。2026年には「飛鳥・藤原の宮都」として世界文化遺産登録を目指しており、国際的注目が高まっています。
「奈良監獄ミュージアム」と「星のや奈良監獄」
奈良市般若寺町の旧奈良監獄は、明治期に建設され、2017年に国の重要文化財に指定された赤レンガ建築です。中央看守所から放射線状に収容棟が並ぶ「ハビランドシステム」を採用し、天窓から陽光が差し込む構造を持つ五大監獄の一つで、現存する唯一の全貌です。
この敷地約10万㎡の半分を活用し、2026年4月に「奈良監獄ミュージアム」を開業します。テーマは「自由とは何か」。被収容者の生活や規律を紹介する展示を通じ、来館者自身が「自由」と「規律」について考える契機を得られる設計です。グラフィックデザイナー佐藤卓氏、展示デザイナーのアドリアン・ガルデール氏が参画し、世界水準の演出を加えます。
館内にはカフェとショップを設置。カフェではカレーパンやチーズケーキを独自アレンジし、ご当地ソーダも提供。ショップではオリジナルグッズや刑務所作業品を展示販売します。入館料は大人2,500円からで、年間30万人の来場を目標とします。
同年内には全48室の「星のや奈良監獄」も開業予定で、文化財を活用した唯一無二の宿泊体験を提供します。
星野リゾートが奈良に「星のや」を2軒展開する理由
1. 奈良の「資産>装置」という市場構造

奈良は世界遺産や国特別史跡をはじめとする歴史資産に恵まれている一方、高級宿泊施設の供給は京都・大阪と比べて極端に少なく、需給ギャップが存在します。関西圏ではラグジュアリーホテル需要が供給を上回ると予測されており、星野リゾートは先行者利益を狙って奈良市場に進出したと考えられます。
2. 補完性のある二拠点モデル

奈良市の「星のや奈良監獄」は文化財を活かした“問いかけ型体験”、明日香村の「星のや飛鳥」は里山と古代史を背景にした“没入型体験”。この二つは性格が異なりつつ補完し合うため、相互送客が可能で、富裕層の多様な動機を取り込むことができます。沖縄県でも「星のや沖縄」と「星のや竹富島」を二枚看板として展開しており、奈良も同様のモデル構築を目指しているとみられます。
3. 関西周遊需要の取り込み

星野リゾートは大阪や京都に「OMO」ブランドを展開しており、関西周遊の導線を自社内で構築しています。京都の観光過密や宿泊単価の高騰を回避しつつ、奈良を「もう一泊」の候補地として提案できるのは戦略的に有利です。2025年大阪・関西万博によるインバウンド拡大を背景に、奈良を広域観光の一翼に位置づける意図が明確です。
4. 文化財維持と観光収益の循環

旧奈良監獄は維持管理に大きなコストがかかりますが、星野リゾートはミュージアムの入館料やホテル収益を通じて維持費を賄う仕組みを設計しています。「観光によって文化財を守る」というビジネスモデルは社会的意義も大きく、ブランドイメージの向上につながります。
5. ナラティブ型のブランド強化

「自由とは何か」という普遍的テーマを掲げる奈良監獄、「悠久の歴史に没入する」飛鳥。いずれも宿泊そのものを超えたナラティブ(物語)を提供しており、ブランド体験の幅を拡張する狙いがあります。
奈良観光の未来像
奈良県は「日帰り観光からの脱却」を掲げ、高付加価値宿泊施設の誘致を進めてきました。星野リゾートの二拠点展開は、その目標と合致し、地域経済と文化財維持の双方を支える試みです。2026年の世界文化遺産登録の可否、2025年万博後の関西観光需要の拡大と重なり、奈良は国際的な観光地として新たな局面を迎える可能性があります。
このように、星野リゾートが奈良に「星のや」を2軒そろえるのは、需給の不均衡を突く戦略、文化財を観光収益で維持する社会的意義、そして関西全域の周遊需要を自社で囲い込む戦略的布石といえます。
施設概要(星のや飛鳥)
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所在地:奈良県高市郡明日香村大字真弓979-1他
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敷地面積:約49,997㎡
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延床面積:約5,501㎡
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客室数:35室
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開業予定:2027年
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設計:東環境・建築研究所
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ランドスケープ:オンサイト計画設計事務所
出典元
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文化庁「国指定文化財等データベース:旧奈良監獄」
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星野リゾート公式「奈良監獄ミュージアム」
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PR TIMES「奈良監獄ミュージアム2026年開業」
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Impress Watch「星野リゾート、旧奈良監獄をホテルに」
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Fashion Press「旧奈良監獄ミュージアム」記事
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関西テレビニュース「旧奈良監獄活用の計画」