日本企業の多くは、事業規模が拡大するにつれて、経営・広報・採用・投資家対応といった機能を東京へ寄せていきます。市場との距離を縮めるうえで、それが合理とされてきたからです。
カプコンは創業以来一貫して大阪に本社と研究開発の重心を置いたまま、世界市場を主戦場として勝ち続けています。2025年10月に、大阪市中央区東高麗橋で研究開発第3ビルが着工しました。
この動きを「好調だから増床した」と見ることもできますが、それだけでは説明しきれません。カプコンはすでに、拠点を動かさず、大阪から世界市場と勝負し続けられる構造に到達しています。研究開発第3ビルは、その構造を拡張するためというより、物理的に固定するための投資と捉えるほうが自然です。
本稿では、まず実績を確認し、次にその実績を生み出してきた勝ち方の構造を整理します。そのうえで、その構造を支えてきた投資と集積を確認し、研究開発第3ビルの意味を位置づけます。
1. 実績:11期連続増益という異常値
1-1. 業績の推移
直近5年間で、カプコンは売上高約1.9倍、営業利益約2.5倍、当期純利益約2.7倍という成長を遂げました。重要なのは、その前後を含めた時間軸の長さです。
同社は2014年3月期から2024年3月期まで、11期連続で営業利益を増加させています。これはゲーム業界でも極めて稀な実績です。
| 決算期 | 売上高 | 営業利益 | 当期純利益 | 営業利益率 |
|---|---|---|---|---|
| 2020年3月期 | 815億円 | 228億円 | 159億円 | 28.0% |
| 2021年3月期 | 953億円 | 346億円 | 249億円 | 36.3% |
| 2022年3月期 | 1,100億円 | 429億円 | 325億円 | 39.0% |
| 2023年3月期 | 1,259億円 | 508億円 | 367億円 | 40.3% |
| 2024年3月期 | 1,524億円 | 571億円 | 434億円 | 37.5% |
| 2025年3月期(計画) | 1,650億円 | 640億円 | 460億円 | 38.8% |
2024年3月期には7期連続で過去最高益を更新し、『ストリートファイター6』(330万本)、『ドラゴンズドグマ2』(262万本)、『バイオハザード RE:4』(700万本突破)が業績を牽引しました。
1-2. 効率性を示す指標
カプコンの強さは、効率性の数字にも表れています。
・2024年3月期の一人当たり営業利益:1,883万円・営業利益率:37.5%(2024年3月期)
・ROE(自己資本利益率):24.4%(2024年3月期)
成長が一時的なブームではなく、再現可能な構造の結果であることが数字から読み取れます。この再現性が、拠点戦略や設備投資を語る前提になります。
2. 構造:壊れにくい勝ち方の3要素
ゲーム業界には、売上規模で上回る企業も存在します。カプコンの強みは、規模の最大化ではなく、長期的に壊れにくい勝ち方を完成させている点にあります。
2-1. 分散したIPポートフォリオ

出展:カプコン
カプコンは複数の強力IPを保有し、過度に一つのIPに依存しない構造を維持しています。
・バイオハザード:累計1億5,700万本・モンスターハンター:累計1億本突破
・ストリートファイター:累計5,400万本
・ドラゴンズドグマ:累計1,100万本
・デビル メイ クライ:累計3,100万本
・ロックマン:累計4,100万本
・デッドライジング:累計1,600万本
一作の不振が全体を揺るがさない設計になっており、リスク分散が機能しています。
2-2. RE ENGINEによる開発基盤の共通化

出展:カプコン
RE ENGINEは、『バイオハザード7』以降のほぼすべての主力タイトルで使用されている独自の開発エンジンです。このエンジンの存在により、以下が実現されています。
・開発ノウハウの横展開・グラフィック品質の底上げ
・開発期間の短縮と効率化
・プラットフォーム間の移植が容易
技術基盤を共通化することで、タイトルごとにゼロから作り直す必要がなくなり、高品質を短期間で実現できる体制が整っています。
2-3. デジタル販売と旧作販売を軸にした収益構造

出展:カプコン
2024年3月期の実績を見ると、カプコンの収益構造の特徴が明確です。
デジタル販売比率:90.1%
・在庫リスクがゼロ
・流通コストが最小
・価格決定権を自社で保持
・セールによる需要喚起が自由
旧作販売比率:79.1%
・新作が占める割合は20.9%
・収益の8割は開発完了済みの資産から
・追加の開発費が不要
・限界利益率が極めて高い

出展:カプコン
具体例として、『バイオハザード7』は発売後8期連続で100万本以上を販売し続け、累計1,330万本を突破しています。一度開発したタイトルが長期にわたって収益を生み続ける構造が確立されています。
この結果、カプコンは以下を実現しています。
・利益を継続的に積み上げられる
・業績の振れ幅を抑えられる
・ヒット時には上振れを取りに行ける
規模の最大化ではなく、安定した強さを重視した勝ち方です。この型は短期戦ではなく、長期戦で効きます。そして長期戦の強さは、開発拠点の設計と切り離せません。
3. 拠点:大阪集中の合理性

カプコンの大阪集中を「地元志向」と捉えると、本質を見誤ります。実態は、人・技術・装置を一体で運用するための合理的集約です。
3-1. 研究開発機能の集積

研究開発機能はすべて本社隣接地に集約されています。
・研究開発第1ビル:開発の中核・研究開発ビルS棟(2015年竣工):補完機能
・研究開発第2ビル(2016年竣工):本格拡張
・研究開発第3ビル(2025年10月着工、2027年竣工予定)
物理的距離を詰めることで、意思決定・連携・検証の摩擦を最小化しています。
3-2. 表現装置の近接配置

出展:クレッセント
2023年に新設されたクリエイティブスタジオも、大阪市内のOBPに配置されています。
・延床面積:2,603.82㎡・国内最大級の撮影空間
・約150台のカメラ
・複数人同時収録に対応
・RE ENGINEと直結した制作環境
重要なのは規模ではなく、研究開発のすぐ横に置いた点です。収録→検証→修正→再収録というサイクルの高速化が、品質とコストを決定します。大作化が進むほど、この差は無視できなくなります。
3-3. 開発投資の継続的増加
カプコンの開発投資額は年々増加しています。
| 年度 | 開発投資額 | 前年比 |
|---|---|---|
| 2020年3月期 | 258億円 | – |
| 2021年3月期 | 253億円 | -1.8% |
| 2022年3月期 | 298億円 | +17.7% |
| 2023年3月期 | 377億円 | +26.3% |
| 2024年3月期 | 430億円 | +14.1% |
| 2025年3月期(計画) | 535億円 | +24.3% |
2年間で開発投資額は約1.4倍に増加しており、2025年3月期には535億円に達する見込みです。この投資は主に人件費と開発設備に向けられており、大阪拠点の強化に直結しています。
3-4. 人材の集積
カプコンは「毎期100名以上の開発人員採用」を明言しており、実際に開発者数は着実に増加しています。
| 年度 | 従業員数 | うち開発者 | 開発者比率 |
|---|---|---|---|
| 2020年3月期 | 2,988人 | 2,142人 | 71.7% |
| 2021年3月期 | 3,152人 | 2,285人 | 72.5% |
| 2022年3月期 | 3,206人 | 2,369人 | 73.9% |
| 2023年3月期 | 3,332人 | 2,460人 | 73.8% |
| 2024年3月期 | 3,531人 | 2,675人 | 75.8% |
| 2025年3月期(計画) | 3,792人 | 2,843人 | 75.0% |
全従業員の約75%が開発者という構成は、カプコンが「開発会社」であることを明確に示しています。この開発者たちが大阪に集積しているからこそ、RE ENGINEという共通基盤を使った高速開発が可能になっています。
3-5. 人材への報酬投資
カプコンは人材への投資も継続的に増やしています。
| 年度 | 平均年収 | 株式報酬(一人当たり) |
|---|---|---|
| 2021年3月期 | 719万円 | – |
| 2022年3月期 | 826万円 | – |
| 2023年3月期 | 913万円 | 46万円 |
| 2024年3月期 | 946万円 | 55万円 |
一人当たり平均年収は、2021年3月期の719万円から2024年3月期には946万円へと上昇しています。さらに、株式報酬制度も導入されており、2024年3月期の一人当たり株式報酬は55万円(約200ポイント×期末株価)となっています。
4. グローバル展開:大阪から世界へ
大阪拠点が「内向き」ではなく、世界市場へ向けた出力拠点として機能していることを、具体的な数字が示しています。
4-1. 販売本数の推移
| 年度 | 総販売本数 | うちデジタル | うち海外 | うち旧作 |
|---|---|---|---|---|
| 2020年3月期 | 2,550万本 | 2,055万本(80.6%) | 2,145万本(84.1%) | 1,820万本(71.4%) |
| 2021年3月期 | 3,010万本 | 2,315万本(76.9%) | 2,435万本(80.9%) | 2,050万本(68.1%) |
| 2022年3月期 | 3,260万本 | 2,460万本(75.5%) | 2,710万本(83.1%) | 2,400万本(73.6%) |
| 2023年3月期 | 4,170万本 | 3,730万本(89.4%) | 3,350万本(80.3%) | 2,930万本(70.3%) |
| 2024年3月期 | 4,589万本 | 4,135万本(90.1%) | 3,810万本(83.0%) | 3,630万本(79.1%) |
| 2025年3月期(計画) | 5,000万本 | 4,660万本(93.2%) | 4,150万本(83.0%) | 3,700万本(74.0%) |
年間販売本数は、2024年3月期の4,589万本から、2025年3月期には5,000万本、そして最終的には年間1億本という目標が掲げられています。
4-2. 地域別販売の成長

カプコンのゲームは、2024年3月期時点で235カ国・地域、292タイトルを販売しています。地域別の販売本数の成長率(2020年3月期→2024年3月期)を見ると、グローバル展開が着実に進んでいることがわかります。
| 地域 | 2020年3月期 | 2024年3月期 | 成長率 |
|---|---|---|---|
| 中南米 | 150万本 | 445万本 | 266% |
| 中東 | 15万本 | 40万本 | 270% |
| アジア | 400万本 | 910万本 | 209% |
| 日本 | 405万本 | 779万本 | 192% |
| オセアニア | 35万本 | 65万本 | 185% |
| アフリカ | 4万本 | 8万本 | 189% |
| 北米 | 900万本 | 1,390万本 | 155% |
| 欧州 | 600万本 | 950万本 | 153% |
新興市場での成長が著しく、全エリアで着実に成長しています。
4-3. PC市場の急成長
2025年3月期のSteam経由の売上高は前期比61.1%増の527億円と大幅に伸びています。PC市場の特徴は以下の通りです。
・プラットフォーム手数料が比較的低い・世界235カ国・地域に同時展開可能
・セール施策が柔軟
・MODコミュニティによる寿命延長
カプコンは、家庭用ゲーム機だけでなくPC市場でも強固な地位を築いており、これが旧作の長期販売を支えています。
5. 設備投資:構造を固定する選択

5-1. 設備投資額の推移
カプコンの設備投資額を見ると、2023年3月期に96億円と大きく跳ね上がっています。これはクリエイティブスタジオの建設が主因です。
| 年度 | 設備投資額 | 前年比 |
|---|---|---|
| 2020年3月期 | 23億円 | – |
| 2021年3月期 | 35億円 | +53.8% |
| 2022年3月期 | 37億円 | +5.3% |
| 2023年3月期 | 96億円 | +154.1% |
| 2024年3月期 | 66億円 | -30.9% |
| 2025年3月期(計画) | 98億円 | +47.3% |
2025年3月期には再び98億円に増加する計画で、これは研究開発第3ビルの建設準備が含まれていると考えられます。
5-2. 研究開発第3ビルの意味

第3ビル建設は、好調の結果としての増床ではありません。以下がすでに整った状態での投資です。
・開発機能が集積された・表現装置も揃った
・グローバル市場向けの出力も回り始めた
これは、この場所で、これからも世界と戦い続けるという前提を、動かせない形で確定させる行為に近いものです。
6. 外部出力:万博が示したもの
出展:カプコン
大阪・関西万博での『Monster Hunter Bridge』は、家庭用ゲームの延長ではありません。AR、360度映像、立体音響、床振動を組み合わせた空間体験です。これは、大阪拠点で蓄積された技術・人材・装置の総合出力であり、大阪が「内向きの開発拠点」ではなく、世界市場へ向けた製造・実験・出力の拠点として機能していることを示していました。
カプコンは、ゲームソフトだけでなく、空間体験・映像・キャラクターライセンスなど、IPを多角的に展開しています。
| 事業 | 2024年3月期 | 2025年3月期(計画) |
|---|---|---|
| キャラクター | 36億円 | 47億円 |
| eスポーツ・映像 | 5億円 | 6億円 |
周辺ビジネスは育成段階にありますが、万博での展開は、大阪拠点がIPを多様な形で世界に出力する実験場になっていることを示しています。
まとめ

カプコンは大阪に「残っている」のではなく、大阪を使い切っています。
構造的優位性の7つの柱
1:11期連続増益に象徴される再現性
売上1,524億円、営業利益571億円(2024年3月期)、営業利益率37.5%
2:壊れにくさを重視した勝ち方
複数の主力IP、RE ENGINE基盤、デジタル販売90.1%、旧作販売79.1%
3:本社隣接地への研究開発集積
研究開発第1・2ビル、S棟、そして第3ビル(2027年竣工予定)
4:技術と表現装置の近接配置
クリエイティブスタジオ(延床2,603㎡、150台のカメラ)を開発拠点と同じ大阪市内に配置
5:グローバル展開の実績
235カ国・地域、年間4,589万本販売、最終目標1億本
6:継続的な人材・開発投資
開発投資535億円(2025年計画)、開発者2,843人(同)、平均年収946万円
7:外部出力の可能性
Monster Hunter Bridgeによる空間体験への展開
これらが組み合わさり、「From Osaka, to the World」はスローガンではなくなりました。それはすでに、すでに日常的に稼働する「仕組み」そのものになっています。研究開発第3ビルは、未来への賭けではありません。完成した構造を、この場所に固定するための選択と言えそうです。
出典
- 株式会社カプコン「2024年3月期 実績・2025年3月期 計画」決算説明資料(2024年5月発表)
- 株式会社カプコン「CAPCOM INTEGRATED REPORT 2023」統合報告書
- 株式会社カプコン 公式ウェブサイト IR情報
- International Development Group「世界ゲームソフト市場推移」
- Newzoo「Global Games Market Report 2023」



