
歴史ある街並みは、建物を残すだけでは守れません。
使われない旅館、閉じた店舗、管理の難しい空き家が増えれば、街並みは形を残しながらも、少しずつ力を失っていきます。
この課題に対し、国土交通省が新たに打ち出したのが「景観エリアリノベーション事業(景観再生事業)」です。景観法改正に伴って創設された制度で、国土交通省は2026年7月1日、モデル都市として奈良県生駒市を選定しました。対象は、生駒山中腹の宝山寺へ続く宝山寺参道周辺エリアです。生駒市によると、同事業のモデル都市選定は関西地区で初めてとなります。
景観行政は「規制」から「再生」へ

これまでの景観行政は、建物の高さや色彩、外観、屋外広告物などをルールで誘導し、街並みの乱れを抑えることに重心がありました。もちろん、景観を守るうえで規制や誘導は不可欠です。しかし、地方都市、温泉地、門前町、旧商店街で進む空き物件化には、それだけでは対応しきれません。
問題は、建物の見た目だけではありません。所有者の高齢化、相続、改修費、耐震性、事業採算、テナント誘致が絡み合い、使いたくても使えない物件が増えていきます。空き家や空き店舗が点在すれば、街の連続性は失われ、歩く理由も滞在する理由も弱くなります。
景観エリアリノベーション事業の狙いは、ここにあります。建造物の老朽化などで良好な景観が十分に形成できていない地域において、市町村等がノウハウを持つ民間会社等を景観整備推進法人として指定し、建物所有者と協定を結びます。そのうえで、所有者に代わって建物の改修や利活用を進め、景観の再生を図る仕組みです。
重要なのは、景観再生を所有者個人の努力に閉じ込めない点です。空き物件を1軒ずつ待つのではなく、民間の改修・運営ノウハウを制度的に呼び込み、複数の建物や公共空間を含めてエリア全体を動かします。言い換えれば、「点の保存」から「面の経営」への転換です。
なぜ生駒・宝山寺参道なのか
モデル都市に選ばれた宝山寺参道は、大正時代から宝山寺の門前町として形成されてきたエリアです。寺院に近づくにつれて街並みの趣が変化し、暮らしと信仰が重なる独特の雰囲気を持っています。一方で近年は、参道沿いの旅館や店舗などに空き物件が増えつつあります。国土交通省は、美しい眺望や昔ながらの街並みを活かした景観再生が期待される地域として、このエリアを位置づけています。宝山寺参道の価値は、建物単体ではなく、坂道、石段、古い旅館や店舗、眺望、参拝動線、門前町の記憶が重なって生まれます。だからこそ、単なる修繕や個別店舗の誘致だけでは十分ではありません。どの物件をどう使い、どこで立ち止まらせ、どのように滞在を生むのか。景観と事業を同時に設計する必要があります。
古い旅館や店舗が、宿泊、飲食、ギャラリー、体験型店舗、地域交流拠点などへ再生されれば、参道は「通過する道」から「滞在する街」へ変わる可能性があります。宝山寺参道は、景観エリアリノベーション事業が目指す“面的な再生”を試すうえで、非常にわかりやすい実験場といえます。
生駒市には、制度を受け止める下地がある

今回の選定は、単発のニュースではありません。生駒市は2026年3月に、**「生駒駅南口参道周辺地区 街なみ環境整備事業計画」**を策定しています。街なみ環境整備事業は、住民と行政が協力し、建物の修景整備や公共施設整備を通じて、統一性のある街並みを形成するものです。生駒市は令和5年度から検討を始め、令和8年3月に計画をまとめました。
さらに市は、**「生駒駅〜宝山寺エリア再整備基本構想(案)作成支援等業務」**の公募型プロポーザルを実施し、受託候補者として日建設計大阪オフィスを特定しています。参加業者は4者で、日建設計大阪オフィスの評価は120点満点中90.33点でした。これは景観整備推進法人の選定ではなく、駅前から宝山寺周辺までの再整備構想づくりを支援する業務です。
空き家対策の実績もあります。生駒市の「いこま空き家流通促進プラットホーム」は、2018年5月の設立から約8年で、空き家期間平均8.1年の物件を179件取り扱い、売買または賃貸借契約が成立した物件が100件に到達しました。一般の不動産流通に乗りにくい物件を、専門家が個別に解きほぐしてきた経験は、宝山寺参道の空き物件再生にも通じます。
まだ構想段階、だからこそ注目される
現時点で、具体的な景観整備推進法人、改修対象物件、事業費、テナント構成、開業時期は決まっていません。2026年度は、国土交通省の伴走支援を受けながら、協働事業を行う民間事業者の探索や官民連携のあり方を検討する段階です。生駒市は令和9年度以降、官民一体で景観資源の活用・再生を核とした事業に取り組む予定としています。それでも、今回の選定は大きな意味を持ちます。景観エリアリノベーション事業は、古い街並みを懐かしむだけでなく、空き物件を都市資産として使い直すための制度です。保存か開発かという二項対立ではなく、地域の記憶を残しながら、現代の用途と事業性を重ねていく。その実装力が問われます。
関西初のモデル都市となった生駒・宝山寺参道は、全国の門前町、温泉地、旧商店街、歴史的市街地に共通する課題を映しています。空き物件、景観、公共空間、民間事業をどこまで一体で動かせるのか。宝山寺参道の再生は、新制度の実効性を占う最初の試金石となりそうです。
出典リスト
- 国土交通省「景観エリアリノベーション事業のモデル都市を選定」
- 国土交通省近畿地方整備局「奈良県生駒市が景観エリアリノベーション事業のモデル都市に選定されました」
- 生駒市「関西初!景観エリアリノベーションのモデル都市に選定されました」
- 生駒市「生駒駅南口参道周辺街なみ環境整備事業」
- 生駒市「生駒駅〜宝山寺エリア再整備基本構想(案)作成支援業務に係る公募型プロポーザル」
- 生駒市「いこま空き家流通促進プラットホーム 設立から約8年で成約100件を達成」
Visited 755 times, 755 visit(s) today

