【シンガポール】統合型リゾート(IR)のマリーナベイ・サンズ(MBS)が、4棟目となるホテルタワーの建設を正式に開始しました。運営会社ラスベガス・サンズによると、総投資額は約80億米ドル(約1兆1840億円、1USD=148JPY換算)で、2025年7月に着工、2030年に完成、2031年第1四半期に開業する計画です。
拡張計画の詳細

新設されるタワーは55階建てで、客室は570室すべてスイート仕様となります。屋上には約7060㎡の多層空間「スカイループ」を設け、展望デッキやインフィニティプール、宿泊者専用ラウンジなどを備えます。さらに、1万5000席のアリーナ、約1万8580㎡のMICE施設、高級レストランやブティックが入る商業施設(約1万2185㎡)も併設されます。
設計は既存3棟を手掛けたサフディ・アーキテクツが担当します。低炭素コンクリートやリサイクル鋼材を採用し、建設廃棄物の75%以上をリサイクルする計画で、環境配慮にも重点が置かれています。
計画縮小と投資増額

MBSは2019年に1000室規模のホテルを構想していましたが、コロナ禍やインフレ、人件費の高騰を背景に規模を縮小しました。最終的に客室数を570室に減らした一方で、投資額は当初計画の33億米ドルから80億米ドルへと大幅に増加しました。ラスベガス・サンズは「量から質への転換」を掲げ、宿泊単価の上昇を戦略の柱に据えています。
政府の戦略とデュオポリー(二社独占)

シンガポール政府は2019年、MBSとリゾート・ワールド・セントーサ(RWS)に対し、非ゲーミング分野への巨額投資(合計90億シンガポールドル)を義務付ける代わりに、2030年まで両社のみがIRを運営できる「デュオポリー(二社独占)」体制を保証しました。
この仕組みにより、事業者は安定的な収益を見込める一方、政府は社会リスクを抑制しつつ観光収益を最大化できます。観光局(STB)の発表では、観光収入は2023年に約250億シンガポールドルに達し、2024年には過去最高の約224億シンガポールドルを記録しました。拡張計画はこの旺盛な需要に対応するものと位置付けられています。
考察:シンガポールが狙う「量から質」への転換

MBSの拡張は単なる増床ではありません。狙いは三つに整理できます。
1. 非ゲーミング収益の拡大

MBSの収益の約7割はカジノに依存しています。しかし世界的にギャンブル依存や規制強化への懸念が強まる中、シンガポールは「MICE」「ラグジュアリーホテル」「大型アリーナ」といった非ゲーミング分野を伸ばし、リゾート全体の稼ぐ力を底上げしようとしています。
2. 税制競争力の確保
大阪IRがカジノ収益の30%固定課税としたのに対し、シンガポールは2022年に税率を引き上げつつも最大22%に抑えました。結果として実効税率は約17%にとどまり、マカオの実効40%(特別ゲーム税35%+各種負担)や日本よりも有利な水準を維持しています。
大阪IRの課税水準が決まった後にシンガポールが税率改定を行ったことは、「国際競争を強く意識した調整」にほかなりません。
3. アジアIR市場での先手戦略
大阪IRは2030年秋に開業予定であり、MBSの新タワー(2031年第1四半期開業予定)よりも先行します。国際MICEや富裕層観光では直接の競合が避けられません。
MBSが今回の拡張を決断した背景には、この「大阪IRの登場後も優位を固めたい」という危機感があります。航空ハブ機能と低い税率、非ゲーミング拡張という三点セットで差別化を打ち出す狙いが鮮明です。
★政府と事業者の利害の一致★
IRデュオポリー体制は、シンガポール政府と事業者の利害を一致させる制度設計です。政府は新規参入を制限する代わりに、既存事業者に巨額投資を義務付け、観光・都市競争力を高めます。事業者は競争相手が増えないため、安心して長期投資を実行できます。
大阪IRの存在は、むしろシンガポールに拡張を急がせた要因となりました。結果としてMBS拡張は、都市観光戦略と企業収益戦略の両面から「必然の一手」といえるのです。
まとめ
マリーナベイ・サンズの4棟目タワー建設は、
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サンズにとっては非ゲーミング強化と単価上昇
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政府にとっては観光収益拡大とデュオポリー維持
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国際的には大阪IRを含む競合への先手
という三重の意味を持ちます。
2031年の開業は、シンガポールが再び「アジア観光・MICEの中枢」として存在感を高める節目となるでしょう。
出典:時事通信、日経、NNA、The Business Times、シンガポール政府資料、MBS Annual Review 2024、IRAS税率資料、Macau Government報道、IR法関連報道