H&M戎橋店が7月26日閉店 「世界2,000号店」から続く道頓堀16年の歴史に幕



大阪・道頓堀の「H&M戎橋店」が、2026年7月26日で営業を終えます。関西1号店の開業から16年。ファストファッションブームを象徴し、地元客や訪日客でにぎわってきたミナミの店舗が姿を消します。

H&Mが関西に初進出したのは2010年3月6日。KPOキリンプラザ大阪跡地に建設された商業ビル「ラズ心斎橋」に、世界通算2,000店舗目の記念店として開業しました。今回閉店するのは、2010年にラズ心斎橋で開業した初代店舗の歴史を受け継ぐ店舗です。

初代店舗から現在地へ H&M戎橋店の変遷



戎橋周辺のH&Mは、向かい合う2つの建物を使いながら、店舗構成や業態を変えてきました。
年月 主な出来事
2010年3月 ラズ心斎橋に関西1号店「H&M戎橋店」が開業。世界通算2,000店舗目
2011年11月 向かい側の戎橋ビルに「H&M戎橋2号店」が開業。2店舗体制に
2013~2019年 2号店は「MONKI」「WEEKDAY」や、メンズ専門店へと業態を転換
2019年9月 2号店をレディースとメンズの総合店「H&M New戎橋店」に刷新。現在の店舗形態に
2026年7月26日 現「H&M戎橋店」が閉店

世界2,000店舗目、雨のなか約2,500人が行列



初代H&M戎橋店は、ラズ心斎橋の1~3階に出店しました。売場面積は約900平方メートル。レディース、メンズ、アクセサリーを扱う3フロア構成でした。

開業当日は、世界2,000店舗の達成を記念し、先着2,000人に限定Tシャツとキャンバスバッグを配布。レディースとメンズのデニムも、本数限定で2,000円で販売されました。雨にもかかわらず、開店前には約2,500人が列をつくり、行列は約1.2キロに達しました。海外の有力ブランドが大阪に上陸すること自体が、大きなニュースになった時代。筆者が開業直前に現地を訪れた際には、心斎橋筋商店街のアーケードにH&Mの大型バナーがずらりと並び、街全体が開店を待つ高揚感に包まれていました。

翌2011年には、初代店舗の向かい側に2号店が開業。初代店は女性向け商品、2号店はメンズや若者向け商品を中心に扱い、戎橋北詰に2つのH&Mが向かい合う光景が生まれました。

H&Mが大阪・ミナミから姿を消す



心斎橋筋商店街にあった「H&M心斎橋店」は、2024年12月に閉店しました。跡地には2025年10月、ZARAの新たな旗艦店がオープンしています。

今回、戎橋店が閉店すると、H&Mはミナミエリアから姿を消します。大阪府内に残るのは、梅田店、ららぽーとEXPOCITY店、ららぽーと門真店、リノアス八尾店、ららぽーと堺店、ららぽーと和泉店の6店舗。大阪市内では梅田店だけとなります。

公表された閉店案内では、戎橋店の個別の閉店理由は明らかにされておらず、売り上げの低迷や賃料負担などを、直接の原因として断定することはできません。一方、H&Mグループは世界規模で店舗網の見直しを進めています。2025年度第4四半期末の店舗数は前年同期比で約4%減少。同社はデジタル店舗を刷新すると同時に、実店舗の改装や顧客体験の改善を進め、店舗ポートフォリオの最適化を続ける方針を示しています。

追う側だったファーストリテイリングが世界2位を視野に



2010年当時、H&Mは日本のアパレル企業が追いかける世界的な巨大企業でした。しかし、16年後の勢力図は大きく変わろうとしています。

ユニクロとGUを展開するファーストリテイリングは、2026年8月期の売上収益見通しを、前期比16.7%増の3兆9,700億円に上方修正しました。営業利益は同29.4%増の7,300億円を見込みます。

一方、H&Mの2026年1~6月期の売上高は、前年同期比1%減の1,044億3,500万スウェーデンクローナでした。決算期や為替換算の違いには注意が必要ですが、現在のペースが続けば、ファーストリテイリングがH&Mを上回り、ZARAを展開するインディテックスに次ぐ世界2位のアパレル製造小売業に浮上する可能性が高いとみられています。

かつてH&Mの「世界2,000店舗目」が大阪進出の象徴となった一方、現在は日本発の企業がH&Mを追い越そうとしています。戎橋店の16年は、世界のアパレル市場で進んだ主役交代と重なります。

変わったのはH&Mだけではない



2010年当時、価格の安さとトレンドを商品化する速さは、H&Mの強力な武器でした。

その後、ユニクロは機能性素材とベーシック衣料を軸に「LifeWear」という独自の立ち位置を確立。GUは低価格とトレンド性を組み合わせ、若年層を中心に存在感を高めました。H&Mが得意としてきた市場で、競争が一段と激しくなったのです。

ECが日常的な買い物手段になったことで、実店舗の役割も変わりました。商品を並べて販売するだけではなく、ブランドの世界観を伝え、オンラインでは得られない体験を提供することが求められています。H&M自身も、デジタルと実店舗の双方を強化する方針を掲げています。

消費者が衣料品を選ぶ基準も、安さや流行だけではありません。機能性、耐久性、着回しやすさ、環境への配慮など、価値観は多様化しています。

ファストファッションが終わったわけではありません。市場が成熟し、各ブランドの個性と競争力が、以前より厳しく問われる時代になりました。

次の焦点は、道頓堀の一等地を誰が使うのか



現在のH&M戎橋店が入る戎橋ビルは、グリコサインや戎橋に近く、心斎橋筋商店街と道頓堀が交わる大阪有数の商業立地です。

国内外から大勢の人が行き交う場所だけに、閉店後の活用にも注目が集まりそうです。大型ファッション店が入るのか、飲食やエンターテインメントを組み合わせた施設になるのか。あるいは、訪日客を意識した新業態が登場するのか。現時点で、後継テナントは明らかになっていません。

海外ブランドの日本上陸そのものがニュースになった時代から、日本企業が世界市場の上位を争う時代へ。

H&M戎橋店の閉店は、一つの店舗が営業を終えるだけではありません。ファッション市場の勢力図と、大阪・ミナミの商業環境が大きく変化したことを映し出す、象徴的な出来事といえそうです。

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