ソウル都心を流れる「清渓川」を歩く!高架道路を撤去し、約5.8kmの水辺へ再生した世界的都市再生プロジェクト


トップティアの世界都市を見学するシリーズ:ソウル編。今回は、ソウル中心部を流れる清渓川(チョンゲチョン)をご紹介します。

高層オフィスビルが林立する都心の谷間に、水と緑の空間が続く清渓川。現在ではソウルを代表する親水空間ですが、かつてこの場所には幹線道路と高架道路が通っていました。

ソウル市は老朽化した高架道路を更新するのではなく撤去し、2005年、約5.8kmにわたる水辺と歩行者空間として再生しました。

清渓川が世界的に注目されたのは、単に川を復元したからではありません。限られた都心空間を、自動車の通過から、人の滞在、水、緑へと大胆に再配分したことに、このプロジェクトの本質があります。
項目 内容
所在地 ソウル都心・光化門~鐘路~東大門方面
河川全長 約10.8km
復元区間 約5.84km
工期 2003年7月~2005年9月
一般開放 2005年10月1日
事業費 約3,867億ウォン
復元前 10車線の道路+4車線の高架道路
復元後 河川、遊歩道、緑地、広場、橋梁など
特徴 都市河川再生、高架道路撤去、公共交通再編を一体化

高層ビルの足元に広がる「都市の谷間」


現地の様子です。清渓川周辺には、オフィス、ホテル、商業施設が高密度に集積しています。



 

川と遊歩道は周囲の道路より低い位置にあり、上層には自動車と高層ビル、下層には水辺と歩行者という二層構造になっています。階段を下りて川辺に立つと、街路上とは雰囲気が大きく変わります。



巨大都市の中心部にありながら、数メートル下りるだけで交通の存在感が薄れ、水音を聞きながら歩ける。飛び石や階段、植栽、休憩スペースも整備され、観光客だけでなく、会社員の休憩、散策、ランニングにも利用されています。都心の「通過空間」のすぐ下に、「滞在空間」が組み込まれている。この断面的な構成が、清渓川の面白さです。

川から道路へ、そして再び水辺へ


出展:https://www.ajupress.com/
Rare freshwater fish returns to life in Seoul’s Cheonggyecheon Stream

清渓川は新しく造られた川ではありません。朝鮮王朝時代から漢陽、現在のソウル中心部を流れ、排水や治水を担ってきた都市河川です。

戦後の人口集中で周辺に住宅や商店が密集し、河川環境も悪化しました。1958年以降は川をコンクリートで覆う工事が進み、その上に道路、さらに高架道路が建設されます。1970年代には、清渓川一帯は約6kmに及ぶ大規模な自動車交通軸へ姿を変えました。
時代 清渓川の姿
朝鮮王朝 都市の治水・排水を担う河川
戦後 人口集中、住宅・商店が密集
1958年以降 河川を覆蓋し道路化
1970年代 高架道路を整備
2003年 道路・高架道路の撤去開始
2005年 約5.84kmの水辺として再生
清渓川は、「川→道路・高架道路→再び水辺」という珍しい歴史を歩んできました。川を覆って道路を造ることが発展だった時代から、その道路を撤去して公共空間へ戻す時代へ。清渓川の変遷には、ソウルの都市政策の変化がそのまま表れています。

本当に大胆だったのは、道路容量を減らしたこと



清渓川再生で注目したいのは、水辺の美しさ以上に、現役だった大規模道路を撤去したことです。復元前には、10車線の道路と4車線の高架道路が1日17万台を超える自動車交通を処理していました。ソウル市はこれを補修・架け替えするのではなく、撤去する道を選びました。

当然、道路をなくせば周辺交通への影響が懸念されます。そこで大きな意味を持ったのが、すでに整備が進んでいたソウルの地下鉄ネットワークでした。
従来型の考え方 清渓川で行ったこと
渋滞する → 道路を増やす 道路容量を削減
老朽高架 → 架け替える 高架道路を撤去
河川 → 排水施設 公共空間として再生
移動速度を重視 歩行・滞在・環境価値も重視
自動車中心 公共交通との役割分担を強化

地下鉄網とバス改革が受け皿になった

清渓川の成功を「道路をなくしたら交通量が自然に消えた」と捉えるのは単純すぎます。

事業開始時点で、ソウルには都心を面的にカバーする地下鉄網がありました。自動車から公共交通へ移る際の大量輸送の受け皿が、すでに存在していたのです。

さらにソウル市は、清渓川復元と前後してバス路線の再編、中央バスレーンの整備、地下鉄との乗り継ぎ改善など、大規模な公共交通改革を進めました。Global Designing Cities Initiativeによると、2003~2008年にバス利用は15.1%、地下鉄利用は3.3%増加しています。
要因 役割
地下鉄網 自動車から転換する大量輸送の受け皿
バス路線再編 地下鉄で拾いきれない移動を補完
中央バスレーン バスの速達性・定時性を改善
道路容量削減 自動車利用の相対的な利便性を低下
行動変化 交通手段、経路、時間、目的地を変更
道路容量が減ると、すべての自動車が周辺道路へ移るわけではありません。地下鉄やバスに乗り換える人、出発時間や目的地を変える人、自動車移動そのものを取りやめる人も現れます。

こうした現象は「Traffic Evaporation(交通蒸発)」と呼ばれます。

清渓川では、地下鉄網、バス改革、道路容量の削減、利用者の行動変化が組み合わさり、都市全体が新しい交通条件へ適応していきました。

逆に言えば、清渓川型の道路再編は「高架道路を撤去すれば成立する」というものではありません。代替する鉄道・地下鉄・バス網の厚みも、大胆な空間転換を可能にした重要な条件でした。

「通過価値」から「滞在価値」へ



都市経済の視点で見ると、清渓川の意味はさらに広がります。

道路は、自動車を効率よく通過させる空間です。しかし水辺と遊歩道に変われば、その場所自体が目的地になります。人が歩き、座り、休み、周辺の店舗や施設を利用する。渓川では、都心空間の価値が、「何台の車を通せるか」から「どれだけ人が過ごしたくなるか」へ変化しました。

公共空間の質が高まれば、周辺のオフィス、ホテル、商業施設、不動産にも波及します。清渓川は約5.8kmの河川整備であると同時に、沿道の土地利用や民間投資にも影響を与える都市再生事業でした。

自動車の「通過価値」に使われていた空間を、人の「滞在価値」と環境価値を生み出す空間へ転換した。この点は、清渓川を都市政策として見るうえで興味深いところです。

自然河川をそのまま復元したわけではない



現在の清渓川は、かつての自然河川をそのまま掘り戻したものではありません。安定した流量を維持するため、浄水した漢江水を通常1日約4万トン、地下鉄施設などから流入する地下水を約2万トン利用し、必要に応じて漢江水は最大約12万トンまで供給できる仕組みになっています。

河床、護岸、遊歩道、植栽も、都市空間として計画的に整備されており、実態としては、歴史的な河川軸を利用して、新しい都市型水辺を再構築した事業に近いと言えます。

人工的な水供給には運転・維持コストがかかります。一方、高層建築、地下鉄、道路、下水道が重なる大都市中心部で、かつての自然環境をそのまま復元することは容易ではありません。

清渓川は、自然か人工かという二択ではなく、高密度な都市の内部に水と緑をどう組み込むかという現実的な試みでもあります。

都市再生の裏側にあるジェントリフィケーション



公共空間の改善や地価上昇は、すべての人に同じ利益をもたらすわけではありません。

清渓川周辺には、もともと小規模商店や零細事業者、製造業が集積していました。環境が改善して地価や賃料が上昇すると、より高い地代を負担できるオフィス、ホテル、商業施設への土地利用転換が進みやすくなります。一方、行政や不動産所有者にとっては地域価値の向上でも、低い賃料を前提としてきた事業者にとっては、移転や撤退の圧力になり得ます。

都市再生とジェントリフィケーションは、同じ資産価値上昇の表裏でもあります。

清渓川は環境面で肯定的な成果が多い一方、経済性や社会的公平性については評価が分かれています。景観、環境、来訪者数だけでなく、既存事業者への影響や維持コストまで含めて考えると、清渓川はより複雑で興味深い都市再生事例に見えてきます。

なぜ世界的な都市再生モデルになったのか



親水空間そのものは世界各地にあります。それでも清渓川が世界的に知られるようになったのは、遊休地や工場跡地ではなく、現役だった大規模道路を撤去して実現したことが大きいでしょう。

道路や高架橋は、一度造られると長期間使い続けることが前提になりがちです。清渓川では、老朽高架をどう延命するかではなく、その土地を次の時代に何へ使うのかというところまで議論が進みました。その結果、高度成長期に造られた交通インフラが、水辺、歩行空間、環境インフラへ転換されました。

ハーバード大学Graduate School of Designは、清渓川を成長量を重視する都市開発から、生活の質と環境を重視する都市開発への転換を示したプロジェクトとして評価し、2010年に「Veronica Rudge Green Prize in Urban Design」を授与しています。

清渓川が単なる親水公園ではなく世界的なケーススタディとなった背景には、高架道路撤去、公共交通改革、河川再生、歩行者空間整備、都心活性化を約6kmのスケールで一体的に進めたことがあります。

復元から20年、ソウルの日常風景へ



一般開放から20周年を迎えた2025年、清渓川の累計来訪者は約3億3,000万人、年間平均では約1,600万人に達しました。2022年時点では、魚類、鳥類、植物など666種が確認されています。現在では観光名所であると同時に、市民の散歩、休憩、ランニング、イベントに使われる日常空間として定着しています。

さらにソウル市は、清渓広場から東大門方面の五間水橋まで約3kmを対象に夜間景観の再整備を進め、2027年まで段階的に照明やメディアアートを導入する計画です。2005年に完成して終わったプロジェクトではなく、20年を経ても更新が続く都市空間になっています。

「成長する都市」から「成熟する都市」へ



実際に清渓川を歩いて最も印象に残ったのは、川そのものの美しさ以上に、ソウル都心の貴重な空間を約6kmにわたって水と人へ振り向けたことでした。

高度成長期には、川を覆い、道路容量や移動速度を増やすことが都市の発展につながりました。一方、都市が成熟すると、歩きやすさ、滞在しやすさ、水や緑の身近さといった要素も都市の魅力を左右するようになります。

清渓川では、地下鉄やバスが交通機能を支える一方、限られた地上空間の一部が、水辺と歩行空間へ振り替えられました。高層ビルが林立するソウル中心部。その足元には水が流れ、人々が歩き、腰を下ろしています。

清渓川は、川を取り戻した事業であると同時に、都心を誰のため、何のために使うのかという優先順位を組み替えたプロジェクトです。

かつて都市発展の象徴だった高架道路も、社会や交通体系が変われば役割は変わります。

清渓川は、成長期に整備したインフラを、成熟都市の価値観に合わせて再編集したソウルの代表例なのだと思います。




出典

  • Seoul Metropolitan Government「Cheonggyecheon」
  • Seoul Facilities Corporation「Cheonggyecheon Overview」
  • Global Designing Cities Initiative「Case Study: Cheonggyecheon; Seoul, Korea」
  • ScienceDirect「Is Cheonggyecheon sustainable? A systematic literature review of a stream restoration in Seoul, South Korea」
  • Seoul Solution「Cheong Gye Cheon Restoration Project」
  • Harvard Graduate School of Design「The Cheonggyecheon Restoration Project in Seoul」
  • ソウル市「清渓川復元20周年」
  • Seoul Metropolitan Government「Seoul Lights Up the Cheonggyecheon Stream, Opening the Next 20 Years with Light」

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