香港といえば、やはり2階建て路面電車。
高層ビルの谷間を、少し古びた細長い車体がゴトゴトと走っていく。あの姿はあまりにも有名で、香港の風景そのものと言っていいと思います。
香港トラム(Hong Kong Tramways)は、1904年に開業した香港島の路面電車です。路線は香港島北岸の堅尼地城(Kennedy Town)〜筲箕湾(Shau Kei Wan)を軸に、跑馬地(Happy Valley)方面へ向かう系統も持っています。現在の車両はすべて2階建てで、香港政府観光関連の案内では世界最大の現役2階建てトラム車両群として紹介されています。車両数は165両、運賃は大人HK$3.30の均一制。2024年の平均利用者数は1日あたり約13.8万人で、観光名物として知られていますが、今も香港島の都心移動を支える現役の公共交通です。
まず驚くのは、本数の多さ

今回の香港訪問でも、これは絶対に乗りたいと思っていました。MTRが発達した都市で、なぜこんな古典的な乗り物が今も普通に走っているのか。その答えは、実際に乗ってみるとよく分かります。
ホテルのあるアドミラルティの電停から乗り込むと、まず驚いたのは本数の多さでした。時刻表を見なくても次から次へとやってくる。しかも前の電車が詰まると、複数のトラムが雁行するように連なって走る。
さらに面白いのが停車の瞬間で、前の電車に追いついたとき、チキンレースでもやっているのか!?と思うほど、衝突寸前に見えるギリギリまで接近して止まる。かなりスリリングです。こういう場面を見ても、香港トラムは単なるレトロな観光名物ではなく、都心の交通としていまも高密度に動いている現役インフラなのだと実感しました。実際、香港トラムは現在も6主要系統を運行しており、香港島北岸の短距離移動を支える交通として機能しています。
2階席に上がった瞬間、香港になる

そして、やはり香港トラムの真価は2階にあります。階段を上がって窓際に座ると、視点がふっと持ち上がる。この高さが絶妙で、街を見上げるのではなく、街の表情に目線を合わせながら少し俯瞰して見られるのがいい。地下鉄では絶対に得られない感覚です。「ああ、香港に来たな!」と一気に実感が湧いたのは、この瞬間でした。
ガラスの塔の下に、生活の熱がある

アドミラルティからセントラルにかけては、ガラス張りの超高層オフィスビルが林立し、いかにもアジア有数の金融都市という風景が続きます。ところが、トラムはそこから先も地表をゆっくり走り続ける。少し離れると、今度は古い高層マンションが密集し、その1階にはネオンを灯した店舗がずらりと並ぶ。金融都市の顔から、生活都市の顔へ。その切り替わりがものすごく滑らかで、しかも全部が地続きです。

香港は、外から見るとガラス張りの超高層ビルが林立する巨大都市です。でも、実際にトラムに乗ってみると、その巨大さの下に、妙に生々しい生活の気配が詰まっていることが分かる。超高層ビルが林立しているのに、意外なくらい人間スケールの街でもあるのです。街路は近く、店は密で、建物の足元には生活の匂いがある。トラムは、その香港の立体感と密度を、最も分かりやすく見せてくれる乗り物でした。
遅いからこそ、見えてくるもの

もちろん、速さだけを求めるならMTRの方が圧倒的に便利です。香港トラムは決して速くありません。香港政府観光関連の案内でも、通常速度はおおむね25〜30km/h程度とされており、急ぎの移動に向く交通ではありません。
それでもMTR時代に残ったのは、役割が違うからです。香港政府の交通資料では、トラムは香港島における短距離需要を満たす重要な交通機関とされています。つまり、MTRの代わりではなく、MTRでは拾いきれない細かな近距離移動を担う存在として機能しているわけです。運賃が安く、停留所間隔も細かく、香港島北岸の高密な市街地と相性がいい。だから今も必要とされている。これは懐古趣味というより、かなり実務的な理由です。
レトロなのに、使い勝手はかなり今っぽい
しかも、この古い乗り物は、使い勝手まで古いわけではありませんでした。今回の滞在では、VISAタッチ決済が本当に便利でした。トラムはOctopusだけでなく、クレジットカードのタッチ決済、モバイル決済、QRコード決済、現金に対応しています。MTRも主要な重鉄路線ではコンタクトレス決済に対応しており、改札でそのままタッチして入れます。実際、今回の香港滞在では、トラムもMTRもVISAタッチでかなり乗り切ることができ、現金を使う場面がほとんどありませんでした。歴史ある2階建て路面電車でありながら、利用体験はかなり現代的です。
広島並みの利用者数、という事実
さらに見逃せないのが、その利用規模です。便利で速いMTR(地下鉄)を擁する香港で、なお路面電車の利用者数は広島並みです。日本では広島の路面電車が1日平均12万2千人で国内最多とされますが、香港トラムの平均利用者数は1日約13.8万人で、ほぼ同水準です。観光名物として語られがちな存在でありながら、実態としては大都市の移動を支える大規模な都市交通が、香港のど真ん中で今も機能しているわけです。
「昔の乗り物」ではなく、いまの香港の一部

1904年開業の交通機関が、今も高層ビル群の間を日常的に走っている。この風景自体が香港の個性になっています。鐘の音に由来する「ディンディン」という愛称も含めて、トラムは単なる移動手段ではなく、香港の空気そのものを運ぶ存在です。香港政府観光関連の案内でも、トラムは都市変容の歴史的シンボルとして紹介されています。
まとめ:香港を感じるなら、たぶんこの乗り物がいちばん濃い

世界唯一級の2階建て路面電車が、MTR時代の香港で生き残った理由。それは、速さでは地下鉄に勝てなくても、香港という都市の密度や空気、生活の表情を最も濃く伝えられる乗り物だからです。そして同時に、今も大都市の移動を現実に支えている、現役の交通機関でもあるからです。香港トラムは、過去の遺物ではなく、いまの香港に必要な交通なのだと思います。
フォトギャラリー
2階建て路面電車の車内

























