
「資源の呪い」という経済用語があります。
天然資源に恵まれた国は、逆に経済発展が遅れる傾向にある事を示す用語で、輸出で儲かる資源産業が肥大化して他産業の成長の芽を摘んでしまうため、結果的に国全体でのバランスの取れた成長が困難になってしまう事象を表しています。ヨーロッパ人の入植後に『モルカルチャー化』された植民地経済がその典型です。
一方、大都市の魅力の1つに多様性があります。多くの人々が集まる大都市には幅広い分野で活躍する場があり、その多様性が人を引きつける魅力となります。また、人が集まる事でニッチな市場でもビジネスとして成立する可能性が高まり、様々なチャンスが生まれ、さらに人が集まる好循環が生まれます。『綺麗も汚いも飲みこんで許容する』、光と影を併せ持つ『多様性』こそが大都市の魅力だと思います。
画一的なイメージが都市の多様性を消す

国内の大都市は、大手メディアやそれに迎合した人々から画一的なイメージでレッテル張りされる事が多々あります。レッテル張りされるイメージが「古都」であったり「異国情緒」や「活気がある」「芸術的」などの良いイメージであればまだ良い(マシ)のですが、「騒々しい、コテコテ、ケバケバしい、下品、安物、汚い」などであれば、どうなるでしょうか。
これらの悪いイメージが肥大化する事が魅力向上に繋がるとは思えませんし、人を引きつける力を弱め、結果として多様性が失われ、都市の魅力の矮小化が進む事になります。少し前の大阪のイメージはどうだったでしょうか?

2005年に大和総研の高橋 正明氏が書かれたコラム「お笑いの呪い…大阪復活のカギとは」が秀逸です。このコラムでは、「普通でないことが大阪の個性」「東京の基準(常識)から外れているほど『大阪的』」という観念は、実は大阪人の東京指向から生まれたもので大阪に『お笑いモノカルチャー』が生まれた。その結果「いわゆる大阪的」ではない理知的な大阪人の居場所を狭め、東京に流出させていった、と説明されています。まったくその通りだと思います。
今回はこちらのコラムを引用させて頂き、大阪にかけられた「お笑いの呪い」と、「インバウンド」が呪いを解く切っ掛けになった事についてお伝えいしたいと思います。
【出展元】
→お笑いの呪い…大阪復活のカギとは
東京一極集中による大阪経済の衰退

コラムが書かれた当時(2005年頃)の空気感は、大阪発のポジティブなニュースは少なく、セントレア開港や万博開催など、間もなく名古屋が日本第2の都市に成長し、大阪はもう先が無い『衰退都市』といった感じでした。
昔の大阪は、京都とともに日本の文化・経済の中心で「活気溢れる面白い街」のイメージが強かったのですが、2005年頃の大阪のイメージといえば、騒々しい、コテコテ、ケバケバしい、信号無視、違法駐車等々、ネガティブイメージのオンパレードで、食い倒れの街を自負してもメディアで紹介されるのは、たこ焼き、お好み焼き、イカ焼き、ねぎ焼きなどのB級料理ばかりでした。

江戸時代から続いた日本経済の東京・大阪二極構造は、戦後の交通・通信手段の発達により1970年代には東京一極構造に移行し、大阪を「商都」たらしめていた経済の中枢機能が東京に流出しました。住友商事、三井住友ファイナンシャルグループ、伊藤忠商事、丸紅、武田薬品工業、コスモ石油、カネボウ、サントリー、大林組、住友化学工業など、数え切れないほどの本社機能が大阪を去りました。
東京のニーズによって生まれた『お笑いモノカルチャー』

コラムでは、大阪の創業以来の看板商品『商都』が失われたので、それに変わる看板商品として、大阪では豊富だが、東京では不足していた『お笑い』が投入されたと説明しています。1980年代以降の大阪芸人の東京大量進出を見れば、大阪がお笑いという文化資源に恵まれていたことに疑う余地はなく、大阪は「商都」から「お笑いの街」へと転業しました。
しかし、資源に恵まれることには呪いが付きまといます。
大阪が豊富に持っていた「お笑い」という文化資源を東京に輸出した結果、輸出先=東京で商品価値の高い「ヘン・アホ・おふざけ」といった、「奇矯」(行動・思想傾向が普通の人とは変わっていて激しい)や、自分や他人の欠点や悪いところをわざとさらけ出す「露悪的」な部分のみを極端に肥大させました。
その結果、「東京の基準(常識)から外れているほど『大阪的』」「普通でないことが大阪の個性」という倒錯的観念が大阪の内外に定着しました。『お笑い方面が語る大阪らしさ』とは、実は極端な東京志向から生み出されたモノなのです。
「笑われる街」に変貌する『お笑いの呪い』

コラムが書かれる2年ほど前に天王寺公園の一部を占拠して不法営業するカラオケ小屋を市が撤去する騒動がありました。東京のあるニュースキャスターは不法占拠しているカラオケ小屋を見て「大阪なのだから大目に見れば」という趣旨のコメントをしていたそうです。大阪では違法行為はOKで大目にみてやれという価値観の転倒で、これこそが東京が大阪に期待する姿です。
大阪は、東京の需要に応じて、せっせと「ヘンな姿」を供給するうちに、「笑われる街」「常識外れの街」へと変貌する呪いにかかってしまいました。
東京志向の結果として生まれた『お笑いモノカルチャー』は、「いわゆる大阪的」ではない理知的な大阪人の居場所を狭め、東京に流出させて行きました。その結果、大阪の都市の魅力=人を引き付ける力はどんどん失われ、代わりに東京の魅力は増して行きました。
インバウンドが気づかせてくれた『大阪の魅力』

東京のニーズに応え続けた結果、ネガティブイメージを自虐的に拡散する『お笑いモノカルチャー』が定着し、経済的な衰退が続き自信をなくしていた大阪の魅力を再発見させてくれる事象がありました。
政府は成長戦略の1つとしてインバウンド観光客の獲得を掲げ、戦略的なビザ要件の緩和を行ってきました。以前から訪日観光客が多かった中国、韓国、台湾に加えて、2013年、2014年頃にタイ 、マレーシア、 ベトナム、 フィリピン、インドネシア、アラブ首長国連邦、カンボジア 、ラオス 、パプアニューギニア、ミャンマー 、インド、フィリピン,ベトナムのビザ要件が緩和され、その頃からインバウンド観光客が爆発的に増加しました。

段階的な入国規制の緩和により、これまで顕著化していなかったインバウンド観光客が大挙して日本に押し寄せる様になりました。そして外国人観光客に熱烈な支持を受けたのが「大阪」でした。国内メディアの偏向報道や拡散されたステレオタイプのイメージを持たない彼らの目線はフラットで、変な先入観無しで大阪を高く評価してくれました。

外国人観光客の人気のスポットは道頓堀や黒門市場・心斎橋界隈のミナミ、大阪城、USJなどで、梅田スカイビルも人気でした。英『タイムズ紙(The Times)』に「世界を代表する20の建築物」として紹介され、海外の方が知名度が高いほどです。
また、大阪は世界的な美食の街と紹介されており、ミシュラン掲載店も多く過去にはニューヨークタイムズ紙でも紹介され、海外からも注目されています。

星野リゾートは大阪人の感覚ではあり得ない場所、新今宮駅前に巨大なリゾートホテルを開発しています。星野リゾートもフラットな目線で市場を分析し、外国人観光客目線でみると、新今宮駅前が好立地である事に気づきました。
大阪は自身が思っている以上に魅力のある大都市で、多くの人々を引きつける力を持っている事は確実です。
復活のカギは「東京志向のお笑いの呪い」から脱却し多様性を取り戻す事

大阪復活のカギは、お笑いモノカルチャーの背後にある東京志向に気づき、『お笑い方面が語る大阪らしさ』に捕らわれず大阪の本来の多様性を取り戻す事です。かつての大阪は、関西の中心に位置するという好立地条件に、自由で多様性を尊重する、いい意味での「何でもあり」のカルチャーが重なったことで発展してきました。
お笑いやB級グルメも大切な文化の1つだと思いますが、それだけでは都市圏人口1200万、京阪神1800万人のメガシティは成立しません。お笑いやB級グルメを持ち上げても、実際に働く、学ぶ、アートに触れるとなると「お笑いモノカルチャー化」が住んだ大阪にはハイレベル人材が活躍する場所がなく東京に行かざる得ません。そして住む場所を選ぶ時はイメージや治安の良い場所を選えらびます。お笑い・B級グルメ以外のコンテンツが圧倒的に不足しています。
しかし、昨今のインバウンドの高まりによって爆発的に増加したの大阪の訪日観光客は教えてくれました。大阪は世界一流の魅力的な大都市である事を。そして地元民の凝り固まった固定概念はワールドワイドな目線で見れば逆に非常識である事を。大阪には「お笑いモノカルチャー」だけではない、多様性があり、世界的な大都市に生まれ変わる可能性があります。
東京志向の結果として生み出された「大阪人・関西人象」とお笑いの呪いにかかり「自ら道化師を演じる自虐な振る舞い」をアイデンティティとする。この『お笑いの呪い』を解き放ち、再び進取の気風に富んだ大阪のダイナミズムの復活を期待したいと思いました。
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