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日本のホテル市場が“異常な熱気”に包まれる理由は何か?加速するホテル投資──東京・大阪・地方・リゾート、4つの都市戦略を解く


日本初進出となる「ウォルドーフアストリア大阪」


稼ぐ施設から“地域装置”へ。ホテル市場の構造変化に投資家は何を見るか?

2024年、日本のホテル不動産市場は世界的に見ても異例の成長を遂げています。訪日外国人の急増、円安による割安感、そして日本特有の低金利環境が、外資による投資を強力に後押ししています。その一方で、日本人旅行者の宿泊ニーズは変化し、都市部の高価格帯ホテルを避け、地方や体験型の滞在へと移行し始めています。

こうした背景のもと、東京・大阪・地方・リゾートといった各地域で、ホテルに求められる役割は大きく異なりつつあります。観光政策やサステナブル観光の推進、IT導入による省力化、そして多様化する運営モデルが、ホテルを単なる宿泊施設ではなく「地域の価値を再編集する装置」へと変貌させつつあるのです。

本稿では、ホテル投資を取り巻く構造変化を、最新の統計と地域別の実情から多角的に読み解いていきます。

第1章:再評価されるホテル投資──日本だけが選ばれている理由


ヒルトン京都の客室

2024年、日本のホテルセクターへの投資が再び活況を呈しています。JLLの調査によると、年間のホテル売買額は74億ドルに達し、前年比で40%の大幅増加。アジア太平洋地域全体のホテル取引額が横ばいで推移する中、日本市場の存在感は一段と高まりました。地域内シェアは2023年の35%から2024年には44%へと急伸しています。

こうした勢いを下支えするのは、円安と低金利を背景にした資金流入、そして訪日外国人観光客(インバウンド)の急回復です。観光庁によると、2024年の訪日客数は3,687万人(前年比+15.6%)、消費額は過去最高となる8.1兆円(2019年比+69.1%)に到達。1人あたり支出額も22.7万円と大幅に伸びており、特に欧米豪の富裕層が平均単価を引き上げています。

ニッセイ基礎研究所の分析では、宿泊需要(延べ宿泊者数)と収益不動産の規模との間には強い相関があり(R²=0.88)、外国人宿泊者数との相関ではR²=0.96に達するという結果が示されています。これは、ホテル市場において“観光需要がそのまま資産価値を構成する”という、他の不動産セクターには見られない特徴を意味します。

さらに、外国資本の影響力も顕著です。2024年のホテル不動産取引における外資比率は47%で、国内不動産市場全体における外資比率(31%)を大きく上回っています。

第2章:変わる国内旅行──価格と距離が導く“近場回帰”


ヒルトン広島のプレミアムスイート

こうしたインバウンド活況の裏側で、日本人の国内旅行行動には明確な変化が生じています。観光庁の統計によれば、2024年の日本人延べ宿泊者数は前年比▲2.6%と減少傾向にあります。背景には、円安や物価上昇に伴う実質所得の目減り、宿泊費や移動費の高騰があり、結果として高価格帯ホテルの敬遠が進んでいます。

三井住友トラスト基礎研究所のレポートでは、こうした傾向が「都市部から地方へのシフト」「ホテルから簡易宿所・代替手段への移行」という二段階で進んでいると指摘されています。特に首都圏・関西圏では、東京・大阪・京都といった大都市圏から、長野・新潟・静岡・岐阜・三重といった“価格とアクセスのバランスが取れた地方”への流出が顕著です。

また、宿泊費を抑える代わりに、体験型アクティビティや食事への消費が増える傾向も観察されており、「宿泊」にとどまらず「滞在」全体をどうデザインするかが、ホテル経営の新たな課題となっています。

第3章:都市・地域によって異なる“ホテルの意味”──4つのエリア戦略

▍東京──国際富裕層を吸収する高単価市場


マンダリン オリエンタル 東京

東京23区のホテル資産規模は約5.45兆円と、全国の約47%を占める圧倒的な市場です。外国人宿泊者比率は43.9%に達し、特に欧米豪の高支出層が中心。都心部では、虎ノ門・銀座・羽田空港周辺を中心に外資系高級ホテルが続々と開業しています。

一方で、ビジネスホテルや中価格帯施設は、日本人客の減少により稼働安定化に課題を抱えています。新規開発は建設コスト・人材不足の影響で抑制されており、供給量よりも供給の“質”が重視される成熟フェーズに入ったといえるでしょう。

▍大阪──イベントと都市再構築を両立する再成長拠点


セントレジス大阪

大阪のホテル資産規模は約1.86兆円(全国の11%)で、東京に次ぐ市場規模を誇ります。2025年の大阪・関西万博、2030年のIR(統合型リゾート)開業といった国際イベントを契機に、再開発型のホテル投資が活性化しています。

現在、注目されるエリアは、夢洲(IR開発エリア)に加えて、梅田一丁目中央地区(大阪マルビル建替計画)、中之島5丁目再開発、そして心斎橋・難波といったミナミの都心部です。特に難波エリアでは、アパホテル&リゾート<大阪難波駅タワー>(2,060室)などの大型プロジェクトが進行しており、国内外の中間価格層や観光・ビジネス客を同時に取り込む戦略が見られます。

一方で、日本人宿泊客の減少や、都市部ホテルの価格上昇による利用者の二極化が進行しており、供給の集中が逆にリスクとなる可能性も指摘されています。今後は、万博やIRといったイベント時の高需要と、平時における安定稼働とを両立する柔軟なオペレーション設計が求められます。

▍地方都市──観光圏を再編集する“地域インターフェース”


マリオット長崎

地方都市では、宿泊施設単体ではなく観光圏全体の再設計に貢献するホテルが注目されています。白馬村や富良野市では、地価上昇とともに観光開発が進行しており、地域一体型のブランドホテルや体験型施設が投資対象として評価を高めています。

ニッセイの推計によると、宿泊需要が1万人増加するごとにホテル資産規模は約4.8億円拡大するとの分析もあり、地方においても需要創出が資産価値へ直結する構造が明確になっています。

▍リゾート──“持続可能性”と“ハイエンド化”の融合


ヒルトン沖縄瀬底リゾート

ニセコや白川郷などでは、観光と文化・環境の共生を前提とした開発が進んでおり、ESG配慮型の高級ホテルが新たな基準となっています。特に2025年には、複数の国際ラグジュアリーブランドが初出店を予定しており、観光地としての価値に“サステナブル評価”が加わる段階に入りました。

第4章:政策、供給、人材──ホテル市場を動かす新たな三要素

志摩観光ホテル ザ ベイスイート


▍観光立国政策とホテルの社会的役割

2023年に改定された「観光立国推進基本計画」では、2030年までに訪日外国人6,000万人、旅行消費額15兆円という高い目標が掲げられました。この背景には、観光産業の輸出産業化、地域経済の持続的成長への貢献という国家的方針があり、ホテルはその政策インフラとしての位置付けを強めています。

今後は、単なる宿泊施設ではなく、地域分散型観光や文化資源活用といった政策課題に応える“地域装置”として、ホテルの社会的機能が拡張されていくと見られます。

▍供給の適正化と立地の集中

ホテルの供給環境は意外にも抑制的です。ニッセイ基礎研究所によれば、2012~2023年の宿泊施設数は年平均+1.3%増にとどまっており、供給は東京・大阪・京都・沖縄の4都市に偏在しています。2023~2026年の新規開業予定も低水準にとどまり、建設費高騰・人材不足・金利動向などが供給圧力を抑えています。

供給過多よりも「供給不能型の逼迫」こそが、今のホテル市場を特徴づけています。

▍人材制約とオペレーションモデルの変化

深刻なのは人材不足です。コロナ禍以降、宿泊業からの人材流出が進み、販売可能客室数が制限されています。これにより、稼働率(OCC)が戻り切らない一方で、平均客室単価(ADR)が上昇し、RevPAR(販売可能客室単価ベースの売上)は堅調という“見かけの健全性”が生まれています。

この構造に対応する手段として、スマートチェックイン、顔認証、チャットボット、非接触決済などのITソリューションが広がっており、省力化・省人化を前提とした設計が投資判断における新たな評価軸になりつつあります。

結びに:ホテル投資は「都市戦略」と「旅行動向」の交差点にある


コンラッド大阪

2024年のホテル不動産市場は、パンデミックからの回復を越え、より構造的な成長段階に入りつつあります。高インバウンド消費、円安と低金利による外資の流入、観光政策との連動、そしてDXやESGといった新たな視点──これらが同時進行的に市場を形づくっています。

今後のホテル投資は、「どこに建てるか」だけでなく、「なぜそこに建て、誰と連携するか」が問われる時代へと移行しています。日本人観光客の体験重視や価格感応度の高まりは、ホテルを“地域の再編集装置”として位置づけ直す動きに拍車をかけています。

投資家、行政、運営者、地域社会が連携し、ホテルを単なる宿泊装置ではなく、都市や観光圏の価値を育む社会的装置として再定義する。そのプロセスこそが、今後の観光立国・日本を支える新たな成長戦略となるでしょう。

出典元

  • 観光庁『宿泊旅行統計調査(2024年)』
  • 観光庁『訪日外国人消費動向調査(2024年)』
  • 観光庁『観光立国推進基本計画(2023年)』
  • JLL『日本の不動産投資市場の振り返りと2024年の展望』(2025年)
  • 三井住友トラスト基礎研究所『不動産ショートレポート(2025年4月)』
  • ニッセイ基礎研究所『わが国のホテル投資市場規模(2024年)』
  • 国土交通省『令和6年地価公示』
  • TRAICY・アーバンノーツほか開発報道

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