観光庁が2025年10月15日に発表した「インバウンド消費動向調査(7〜9月期・1次速報)」によると、2025年7〜9月期の訪日外国人旅行消費額は2兆1,310億円となり、前年同期比で+11.1%増と過去最高を更新しました。1〜9月の累計では6兆9,000億円を超え、年間8兆円突破が視野に入っています。訪日外国人は同期間で3,000万人を突破し、コロナ禍以降では最速の回復ペースです。
円安を背景に、訪日旅行は再び“日本経済の外貨エンジン”として機能し始めています。観光はもはや「水物」ではなく、自動車や半導体と並ぶ準メガ輸出産業に成長しつつあります。
中国が首位に復帰、欧米は高単価で存在感

国籍・地域別の旅行消費額をみると、中国が5,901億円(構成比27.7%)で首位に返り咲きました。次いで台湾3,020億円(14.2%)、米国2,215億円(10.4%)、韓国2,070億円(9.7%)、香港1,139億円(5.3%)の順でした。中国の回復は前年同期比+18.0%と大きく、再びアジア市場の牽引役となっています。
一方、欧米市場も堅調です。1人あたりの旅行支出ではドイツ43万6,000円、英国36万円、スペイン35万5,000円と高水準を維持。旅行の長期化や地方滞在の増加が、平均支出を押し上げています。全体の1人あたり旅行支出は21万9,428円(前年同期比−0.2%)と横ばいながら、平均泊数は11.5泊(+2.2泊)へ伸び、長期滞在化による総消費額の拡大が進んでいます。
宿泊・飲食が主役に、「爆買い」の時代は終焉
費目別では、宿泊費が7,797億円(構成比36.6%)と最も多く、次いで買い物代5,427億円(25.5%)、飲食費4,884億円(22.9%)が続きました。前年同期と比べると、宿泊・飲食の比率が上昇し、買い物代は減少。いわゆる“爆買い”に象徴された物販中心のインバウンドは姿を消し、「体験・滞在・交流」を重視する“コト消費”型観光が定着しつつあります。
近年、温泉旅館や古民家宿、農泊などの地方体験型宿泊の人気が高まり、宿泊費が消費全体の牽引役となっています。京都や奈良、大阪ではマリオットやヒルトン、星野リゾートなど外資系ホテルの開業が相次ぎ、高付加価値の滞在需要を受け止める体制が整いつつあります。
“インバウンド=外貨輸出産業”という現実
観光庁の調査では、訪日外国人が日本で支出する金額は、経済統計上「サービス輸出」に分類されます。つまり、モノを海外に輸出して稼ぐのではなく、外国人に日本国内で消費してもらうことで外貨を稼ぐ構造です。2024年のインバウンド消費額は約8.1兆円に達し、これは半導体(約5.6兆円)やコンテンツ(約5.8兆円)を上回り、自動車に次ぐ第2位の規模となりました。製造業中心だった日本の外貨獲得構造に、観光という“第二の柱”が生まれつつあります。
さらに、観光による外貨収入は経常収支の安定化にも寄与しています。財務省の国際収支統計によると、旅行収支の黒字額は年々拡大し、2024年度には特許使用料収支を上回りました。“人の移動”を通じて稼ぐ時代へ。観光はもはや「余暇産業」ではなく、国家経済の中核を担う戦略産業へと進化しています。
人口減少下での「外需取り込み」と地方経済への波及
人口減少が進む日本では、内需拡大だけで経済を維持するのが難しくなっています。そのなかでインバウンドは、減少する国内消費を補う外需の受け皿として機能しています。外国人観光客が地方を訪れることで、宿泊、交通、飲食、体験サービスなど幅広い産業に需要が波及し、地方の雇用や所得を押し上げています。
特に観光産業の特徴は、国内付加価値率が高いことです。製造業のように海外移転が難しく、消費された金額がそのまま国内に還元されやすい。このため、インバウンドの増加は「地方の稼ぐ力」そのものを底上げする効果を持ちます。観光庁も2026年度から、地域単位での観光収支を可視化し、自治体の成長戦略と連動させる方針を示しています。
オーバーツーリズムは「拒絶」ではなく「設計」で解決を

観光客の急増により、京都や鎌倉、浅草などでは混雑やマナー問題も指摘されています。ただし、観光を「拒むか・受け入れるか」という二項対立で捉えるのは誤りです。重要なのは、“どう設計するか”というマネジメントの問題です
入場予約制や宿泊税の活用、時間帯・季節分散の仕組みづくりなど、観光客の行動を適切に誘導する政策が求められます。欧州各国では、こうした“スマートツーリズム”の導入によって、観光と地域生活の両立を図る取り組みが進んでいます。日本も、量の拡大から質の調整へ。次のステージは「持続可能な観光」の設計です。
まとめ:観光はもはや“水物”ではない
今回の調査結果は、観光が単なる一時的な景気刺激策ではなく、日本経済を支える恒常的な外貨産業であることを示しています。訪日外国人3,000万人、旅行消費2.1兆円という数字の背後には、“爆買い”から“体験”へ、“消費”から“交流”へという質的転換が進行中です。
日本は今、モノを輸出する国から、時間と体験を輸出する国へ。観光は、人口減少時代の経済を再設計するための新しいエンジンです。もはや観光を軽視することは、日本経済の現実を見誤ることに等しいと言えるでしょう。
出典・参考
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観光庁「インバウンド消費動向調査(2025年7〜9月期・1次速報)」【PDF:001964825】
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日本政府観光局(JNTO)「訪日外客数 2025年9月速報」
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財務省「国際収支統計」
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経済産業省「通商白書2023」