富山県内を走るJR西日本のローカル線、城端線・氷見線が、新たなステージへと歩みを進めています。2029年頃の経営移管を見据え、第三セクターのあいの風とやま鉄道への引き継ぎが予定される中、両線の象徴となる新型車両のデザインが2025年5月16日に正式決定されました。選定されたデザインは、自然・文化・未来を重ね合わせる「KASANE」というコンセプトに基づいており、デザイン監修は相模鉄道のブランド向上に貢献した鈴木啓太氏が手がけました。再構築計画の要となる車両の刷新は、単なる設備更新ではなく、地域の魅力を可視化する“動くデザイン”として注目されています。
城端線・氷見線、経営移管と再構築の背景

城端線(高岡~城端)と氷見線(高岡~氷見)は、富山県西部の海と山を結ぶ地域交通の要所として長年にわたり親しまれてきました。しかし、2015年の北陸新幹線金沢開業以降、両線はJR在来線ネットワークから事実上切り離され、乗り換え利便性の低下や沿線人口減少の影響もあり、赤字が慢性化しています。
こうした中、2024年には「鉄道事業再構築実施計画」が策定され、両線の運営をJR西日本からあいの風とやま鉄道へ段階的に移管する方針が固まりました。移管時期は2029年頃とされ、それに合わせて車両の刷新、ダイヤ改正、沿線の価値向上などを一体で進める「地域交通の再構築プロジェクト」が進行中です。
「KASANE」──デザインが映す沿線の記憶と未来

2025年5月16日に開催された第4回「城端線・氷見線再構築会議」では、移管後に導入予定の新型車両のデザインが正式決定されました。デザインコンセプトは「KASANE」。沿線4市(高岡市、氷見市、砺波市、南砺市)それぞれの風景・文化・未来像が「重なり合う」様子を象徴的に描き出すコンセプトです。
外観はシルバーを基調とし、海と山を表す青・緑のグラデーションが車体を包みます。これは、城端線・氷見線のルートが、富山湾の海と立山連峰の山を横断するダイナミックな地形を象徴していることに基づいています。車両前面にはLEDライトを活用し、安全性と視認性を高めると同時に、立体的で先進的なデザインを実現。あいの風とやま鉄道が運用する既存車両との親和性も意識されています。
車内空間にも「富山らしさ」とロングライフ視点を

内装では、天井や床に木目を多用し、沿線の自然と調和する温かみのある空間が演出されます。座席は、沿線の豊かな緑に着想を得た配色とされ、車窓から見える風景と一体化した視覚体験を提供します。
また、丸窓を取り入れたドアデザインは、砺波地方の「アズマダチ民家」や「散居村」に見られる伝統建築様式をモチーフにしています。これにより、乗客は富山の歴史文化に触れながら車内で過ごすことができる設計となっています。
デザインを担当したのは、PRODUCT DESIGN CENTER主宰の鈴木啓太氏。相模鉄道の「デザインブランドアッププロジェクト」などで高く評価され、2019年にはグッドデザイン賞も受賞しています。鈴木氏は「地域の記憶と未来を重ね、乗る人にワクワク感を与える車両を目指した」と述べています。
新型車両は「ハイブリッド気動車」 乗り心地・環境性も向上へ
導入される新型車両は、ディーゼルエンジンに発電機と蓄電池を組み合わせ、モーターを駆動させる電気式のハイブリッド気動車です。これは、従来のキハ40系気動車からの置き換えとなり、環境負荷を低減しつつ、振動や騒音の抑制、加速性能の改善などが期待されています。
車両数は2両~4両編成で計34両が予定され、車内にはセミクロスシートが採用されるなど、観光・通勤どちらの利用にも対応可能です。
運行本数の増加も視野、利用者利便性を強化
車両性能の向上とともに、今後はダイヤの改善にも注力する方針です。現在の城端線・氷見線は日中1時間あたり1本程度の運行が基本ですが、再構築計画では毎時2本程度のパターンダイヤ化が検討されています。これにより、利用者の選択肢が広がり、通学・通勤の利便性や観光需要への対応も強化されます。
また、地場産業との連携による内装仕上げや装飾など、地域と一体となった「愛着の持てる車両づくり」も並行して進められる予定です。
「乗りたくなる路線」へ──地域と鉄道の新しい関係を築く

今回のデザイン決定は、鉄道車両の単なる更新ではなく、「移動空間を通じた地域価値の再発見」としての意味を持ちます。鉄道は単なる移動手段ではなく、地域の魅力を感じ、外へと発信するメディアでもあります。富山県および沿線自治体は、車両デザインを起点に、10年後・20年後でも色褪せない持続可能な公共交通像の実現を目指しています。
新型車両の運行開始は2029年、北陸新幹線が敦賀まで延伸し、富山県の鉄道網が大きく転換を迎えるタイミングでもあります。新たな時代に向け、城端線・氷見線が「乗りたくなる路線」として再出発する、そのシンボルが今回の「KASANE」デザインなのです。
【出典元】
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富山県「城端線・氷見線再構築会議」会議資料(2025年5月16日)
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鉄道コム(2025年5月16日)
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NHK富山放送局(2025年1月11日)
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各報道機関記事(読売新聞、共同通信 等)
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PRODUCT DESIGN CENTER(鈴木啓太氏)作品紹介