MENU

カテゴリー

アーカイブ

最近のコメント

【再都市化ナレッジデータベース】

2025年大阪関西万博 (仮称)夢洲メイン会場建設工事の状況 21.09


2025年日本国際博覧会協会は、2025年大阪・関西万博開催に必要な事業の方針、計画をまとめた「2025年日本国際博覧会基本計画」を策定しました。万博開催に向けて、会場計画、運営計画、情報通信計画、輸送計画、広報・プロモーション計画、資金計画、事業推進計画などが纏められました。

【出展元】
大阪・関西万博「基本計画」を策定

 

※記事タイトルの「(仮称)夢洲メイン会場建設工事」は、僕が便宜上付けた仮称であり正式な計画名称ではありません。

 

 

 

大阪・関西万博は、「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマとし、海と空が感じられる会場を、カーボンニュートラルやデジタル技術の活用、次世代モビリティなど未来社会を感じられる先端技術と社会システムを実装・実証する「未来社会のショーケース」とすることを目指します。

 

 

 

また、バーチャル技術を活用し、万博の魅力と発信力を高める「バーチャル万博」の実現にも挑戦。リアルとバーチャルが融合した、新しい国際博覧会の姿を示してい行く計画です。未来のショーケースとして、コロナ禍を乗り越えた先の新時代の国家プロジェクトとして、カーボンニュートラルやデジタル技術の活用、次世代モビリティなど、2025年以降の未来を感じさせる次世代技術の実証と2025年にふさわしい先端技術の実装を目指します。

 

 

 

資金計画は、会場建設費として最大1,850億円、運営費として809億円を見込んで居ます。2025年4月13日〜10月13日まで184日間にわたって開催されます。想定来場者数は約2820万人を見込んでいます。

 

会場レイアウト

万博会場は、大きく分けて3つのワールドに分かれています。

 

 

 

パビリオンエリアは3つのサブテーマ「Saving Lives(いのちを守る)」「Empowering Lives(いのちに力を与える)」「Connecting Lives(いのちをつなぐ)」から1つ以上、またSDGsの17のゴールから1つ以上を選択し、各参加国・国際機関の取り組みをパビリオンなどで展示します。

 

 

 

 

会場の中心には万博のシンボルとなる「静けさの森」が設けられます。

 

 

 

 

 

こちらは会場の移動手段を示した図です。

 

 

完成イメージパース

完成イメージパースが多数公開されました!いままで解らなかった万博会場の様子が良く解ります。こちらは会場のシンボルとなる1周2キロの巨大なリングの上の様子です。パースから2025年の万博会場を想像するとワクワクしてきますね!

 

 

 

2021年9月の様子


現地の様子です。現在は本格的な会場建設の前段階、埋め立てや盛土など土地造成工事が行われています。

 

 


会場を南東側から見た様子です。写真の干潟は「ウォーターワールド」です。写真では小さく見えますが、ウォーターワールドの面積は47ha(USJのパーク面積は約45ha)もあります。

 

 

 


こちらの更地は、各国のパビリオンが立ち並ぶ「パビリオンワールド」です。面積は65.74haあります。

 

 

 


万博会場の北側、大阪IRの計画地付近の様子です。

 

 


夢洲の中央を貫く幹線道路は高架化され、交通量の増大に対応する計画です。

 

 

 

 

 


万博会場のある夢洲と舞洲を結ぶ夢舞大橋の様子です。これから6車線化工事が行われ交通量の増大に備えます。

 

 

 


最後はもう一度、夢洲全体の様子です。今後は、地下鉄中央線の延伸、島内幹線道路の立体化、夢舞大橋の六車線、会場建設など、多くの工事が行われ、2025年には全く違った表情を見せてくれるはずです。

 

16 COMMENTS

大阪淀屋

再都市化の定義と世界の再都市化の状況を知るにつけ、むしろ工場三法による工場制限は当たり前だったように思える。
大都市として生産現場の次の産業や都市像を大阪府も市も見いだせず、生産現場にこだわり衰退を世界のなかでは少数派だが招いた。日本でも北九州市、神戸市、京都市、大阪市で名古屋市や福岡市は大幅増である。但し工場の制限は良いとしても大学の制限は必要なかった。
結論は府や市に将来のあるべき都市像を見通せる人材がいなくて国の方針や施策を実行するだけの単なる実行機関に過ぎなかったから衰退した。
今もその傾向が強く、ベンチャーにしろ金融にしろ国が特区を言い出してから府や市が動いているが、愛知県や福岡市は特区の相当以前から動いており、東京都の金融やベンチャーに対する取り組みは世界一を目指しており半端でない。
今回の万博にしても委員は電通の影響力があり大半は東京勢であり、数少ない大阪勢のロボットの石黒氏に期待したが、創立するロボットベンチャーの会社は本社東京にしたからがっかり、更に目玉の空飛ぶ車も東京のベンチャーに依頼しており、やはり場所貸しの万博ではないかと危惧している。府市や関西財界は金だけとられるのでなく、もっと発言すべきだわな。
大阪公立大にしてもカジノや金融の学部がなく、大阪経済に資するのでなく単なるサラリーマン育成大学かと懸念する。
もっとトップが舵取りをしっかりしないと大阪の再生は難しい。

オオサカン

都構想の否決、大阪発コロナワクチンの遅れ、カジノも延期、
東京オリンピックは165億も使ってあの開会・閉会式…。
がっかりすることばかりが続いてしまって、
楽しみにしている大阪万博が失敗に終わるんじゃないかと不安になってきました…。
見極めるために1年〜1年半ぐらい延期した方がいいかな。
ま、全期間入場券は購入しますし、英語も話せるようにしておきますよ。

サジャ

インターネットの無かった時代よりも現在の方が海外旅行は身近になっているのではないですか?
五輪の様なただ見るだけのイベントと違って、万博はやはり自分が現地に行かなくては楽しさは半分も伝わらないです。
百貨店の内部を見ただけで楽しいですか?
実際に飲食をしたり買い物をしたりしなくては楽しくは無いですよね。
どれだけネットが盛んになっても情報として見るだけでは楽しくは無いです。
前回の万博に私は行きました。当時は小学生でしたが、大阪市内に住んでいるので何度も行きましたがそれが後の人生で一つの楽しみを奪うぐらいのショックが有りました。
万博が素晴らしすぎたので後に米国でディズニーに行こうがユニバーサルスタジオに行こうが、サンディエゴのシーワールドに行こうが全然楽しくない。
圧倒的な楽しさを提供してくれたあの万博は半世紀が経過をしても何から何まで克明に覚えている程強烈でした。
もちろんあの規模では出来ないかもしれません。
でも半世紀後の今なら又違った物が出来るのではと今からワクワクしています。
一千億ですか。大きな高層ビル一つ分ですね。
それでこれからも日本が観光で食べて行けるなら高くはないように思えますが?
三兆円もかけるのは問題外ですし、負の遺産をずっと背負い続けるのは苦しいですがね。
万博の終了後にはパビリオンは撤去されます。何せ建設運営は各国各社持ちですから。

ハコモノ行政

規模も来客予想も、ポートピア81の1.5倍くらいですね。
事業費はよく分かりませんが、数倍という感じでしょうか。
まあ収入も少しは上がるでしょうが……
インターネットが無かった時代ほどの魅力は無いでしょうが、
一方では近隣国からの来客も少しは見込めます。

集客は及第点を取れるかもしれません。
しかし建設費過大で1000億円くらいの借金を背負う、
(〇年ぶり△回目)という伝統芸を見せられるのかなぁ。

サジャ

ドバイ万博は一年延期され十月一日からですね?
日本も少々延期をすれば如何でしょう?
それと今回の五輪で夏場はどうなのかと思いました。夏から秋は暑さだけでなく年によっては毎週のように台風が発生する可能性もあります。会期は殆ど気候の良い時期が無い様に思いますが?
ドバイは十月から。日本も十月中旬ぐらいからの会期にすればどうなんでしょう?
できれば一年半の延期というか。25年に拘る必要はあるのでしょうか?

小室

通りすがりさんのキー局に関するご指摘、仰るとおり。
ただそこまでご理解いただいているなら、「関西」「首都圏」という単語を使うのは厳禁だというのもお分かりかと。

「関西」「首都圏」ではなく『近畿圏』『関東圏』です。以後ご注意の程。

koko

開催期間が短期間なのでどうせなら各国パピリオンも、閉会後レガシー施設として有効利用できるよう計画してほしいです。それこそがエコであり、持続可能社会のあるべき姿だと思います。

通りすがり

工場三法!!
まさにそれ!
一応首都圏も近畿と同じ工場三法の枠に入ったが、東京は政治、経済、文化、金融、マスコミを一極集中させてるので経済的なダメージも少ない。
しかも中京圏に工場立地を促進。
一方、近畿圏は手足をもがれ70年代から衰退の一途をたどる。。。
80年後半はバブルで無策のハコモノを建て不良債権を作り。。。
しかしここ数年、明らかに関西経済の上向きが感じられます。
インバウンドがけん引した部分もありますが、特に大阪の変化には体感できます。
万博、IRの成功成就を祈念します!!

それと先ずはTVキー局での、全国ニュースの東京ローカル情報一辺倒の是正を望みます。
トップニュースが首都圏の交通情報とか天気とか。。( ̄﹏ ̄;)

o-kinix

工場三法
大阪から工場を奪う政策 
http://www.eonet.ne.jp/~0035/sanpou.htm

(ここから引用)
近畿衰退化法案-「工場三法」

戦時統制体制として形成され、戦後においても存続した「40年体制」を利用して、中央省庁は国策として、経営・企画・立案・情報等の機能を東京に集中させることに注力した。
http://www.eonet.ne.jp/~0035/memo1.htm
http://www.eonet.ne.jp/~0035/memo2.htm
http://www.eonet.ne.jp/~0035/memo3.htm

地方は、第一次産業と製造業の現場(工場)で生きていけ、というわけである。

ところが、近畿圏においてはその製造業でさえ制限されたのだ。
近畿圏の足かせとなったのが、いわゆる「工場三法」である。


工場三法の概要
(pdf :重いのでご注意を)
http://www.dbj.go.jp/kansai/report/pdf/060227.pdf  P.5

1964年 
工場等制限法制定  正式名称:近畿圏の既成都市区域における工場等の制限に関する法律
既成都市区域内の制限区域において、産業・人口の過度の集中を防止し、都市環境の改善を図ることを目的として、工場(原則1,000m2以上)や大学の新・増設を制限。

1972年 
工業再配置促進法制定
工業が集積した地域(移転促進地域)から集積が低い地域(誘導地域)に
工場を移転・新設する場合、事業者に補助金等の支援措置を実施。

1973年
工場立地法制定
特定工場(敷地面積が9,000m2以上または建築物の建築面積の合計が3,000m2以上の大・中規模工場)を新増設する場合、生産施設に面積制限を課し、一定規模の緑地、環境施設の確保を義務づけるもの。

公平を期すと、首都圏においても同様の法律が施行されていた。
この「工場三法」の表向きの目的は、過度の集中の排除だったのだ。
しかし、前述のとおり、東京への経営・企画・立案・情報等の機能の集中は、国策として逆に促進されたのである。

つまり、一連の製造業の集中排除法案では、近畿圏だけが一方的に負担を強いられたのである

冒頭のタイトルを【近畿衰退化法案】としたのは、
「工場三法」によって近畿がダメージを受けたのは、法律の結果ではなく、
ダメージを与えることが法律の目的だったフシがあるからである。

近畿を対象とした最初の「工場等制限法」が制定されたのが1964年、
2年後の1966年に「中部圏開発整備法」が制定された。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S41/S41HO102.html

これは「制限」する法律ではなく、「開発整備」する法律であり、
ここにおいて製造業の近畿から中部へのシフトが、国策として図られていたのである。
(引用終り)

o-kinix

1970年の大阪万博の時には
すでに大阪経済の地盤沈下は指摘されてました

しかし、それは自由な競争の結果ではなく
国策によるものであることが後に判明しています

本社機能を大阪から奪う政策については
故堺屋太一氏の「東大講義録」で書かれてます


(ここから引用)
東京一極集中を決めた重要法案団体令が公布される前に、
すでに全国団体をつくっていた業界がありました。
典型的なのは繊維業界です。
明治時代から繊維業界には全国団体があり、
そのほとんどが大阪にありました。

政府では、「これはけしからん」ということになったのですが、当の団体は大阪から動かない。
1960年代になって大阪の繊維団体を東京へ移すことが通産省の重要テーマになりました。

繊維団体は紡績協会、毛織物協会、化繊協会、アパレル協会など、十数団体、その職員も800人ほどいる。
その上に繊維新聞などのマスコミも大阪にあります。
これら繊維業界と通産省の摩擦が激しくなりました。

そこへ、昭和43(1968)年に日米繊維摩擦が起こります。
これは国際問題だから国が交渉しなければならない。
アメリカは日本の繊維品輸出を自主規制するように主張しましたが、その限界の数量をどうするかが決まらない。

ところが通産省は、対米交渉するには大阪の繊維団体が東京へ移転することが先だ、という条件を出しました。
当時は通産省には繊維局があり、局長は三宅さんという人でしたが、「敵は米国にあらず大阪なり」と断言したものです。

当時の宮沢喜一通産大臣の在任期間には解決できませんでした。
ようやく次の田中角栄通産大臣になり、宮崎輝さんという当時の旭化成の社長が「800人の職員をいっぺんに移せといわれても住宅も手当てできないし、コストもかかるから、紡績や化繊、合繊、毛織物などいろいろな団体の上に、屋上屋を架すような繊維工業連合をつくって、その本部を東京へ置き、私がその会長になって三田のマンションに住みますから、何とかアメリカと交渉してください」ということで決着しました。

しかし、その後も通産省は圧力をかけ続け、いまや繊維工業団体の中で大阪に本部事務局が残っているのは、紡績協会ただ一つ。
あとは全て移転しました。

同様に名古屋にあった陶磁器工業会、京都にあった伝統産業振興会なども東京に移転することを強いられました。
(引用終り)

続きます

大阪

大阪、関西万博という名称がついたが、前回の日本万博と違い、大阪・関西の人材が登用されると期待したい。
※日本万博の名称通り東京の若手クリエイターが大半関わり、終了後彼らの活躍で東京が大発展した。大阪万博というより東京万博だった。
真実かどうか不明だが、今回は電通だけでなく、アクセンチェア大阪支店がかかわっているという情報もあり、知事・市長が意欲的で大阪の民間企業も積極的であり、大阪・関西のクリエーターを積極的に起用して経験を積ませ終了後に大阪を変えると期待したい。
万博は入場数の多寡ではなく、情報発信の場であり、人材育成の場となり、大阪に最先端経済をいかに定着させるかが一番の課題と考える。
いわば梅田が万博の影響で渋谷を超えるベンチャーの都になれば大成功といえる。

大屋根は170億円もかかるそうです。
会場建設費は最大1850億円ということですが、当初の1250億円の5割増しになるようです。
東京オリンピックのように建設費がだんだんと嵩んでいくということでしょうか。
何かにつけ信用できませんね。
万博終了後に有効利用されることを期待します。

三刀流

1970年の大阪万博はイベントとしては大成功だったのに、その後、大阪経済の地盤沈下が止まらなくなりました。万博から大阪経済を発展させるものを生み出さなかったと言えます。同じ誤りを繰り返さないでほしいです。
今度の大阪関西万博の会場面積は、70年万博の半分以下です。コンパクトでもここから関西を飛躍的に発展させる科学、技術、文化が盛り込まれたら成功だと思います。

よりみち

吉村知事が以前、万博の跡地にF1を誘致したいと言っていた。このリングの上にF1カーを走らせるってどうかな?

サジャ

最初の「とれとれビレッジ」みたいなのは無いだろうとは思ってました。
パビリオンの外観は各国そして企業にとっては腕の見せ所。見栄えのする個性的デザインで勝負をしなくてはいけないのに同じ様なのがポツポツと建っていてもねぇ。
パビリオンや敷地に作られた施設・設備は全て除けて更地にする筈ですが、この巨大リングは残すつもりなのでしょうか?
これは使えますよ。跡地に何かしらの物を作るとしたらこれは役に立つような気がします。
潰してしまうのは惜しいですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です