2025年、日本の都市商業地はもはや“回復段階”にとどまりません。CBREが発表した「Japan Retail MarketView 2025年第1四半期」によれば、全国主要9エリア中6エリアで平均賃料が調査開始以来の最高値を記録。銀座、渋谷、心斎橋、栄では空室率が0.0%となり、物件の取り合いが加速しています。
これまでの“戻り相場”ではなく、新たな価値創造フェーズに突入したともいえる現在。なぜ都市商業地はこれほどの熱気を帯びているのでしょうか。その背景には、単なる需要回復にとどまらない、都市空間そのものの再定義が進行していることが見えてきます。
賃料上昇は“全国的現象”に──東京・関西・地方主要都市での広がり
まず注目すべきは、単一都市にとどまらず、日本各地でハイストリートの活性化が同時多発的に起きている点です。
東京・銀座では空室が完全に消失し、平均賃料は282,000円/坪と過去最高水準に達しました。表参道・原宿、渋谷、新宿でも賃料は軒並み上昇し、特にプライムロケーションにおいてはフラッグシップ店舗や日本初進出ブランドの進出が相次いでいます。
関西では心斎橋の平均賃料が258,000円/坪に達し、2019年第4四半期と比べて30%超の上昇。京都・神戸も過去最高値を記録し、いずれも空室率は低下傾向にあります。
地方都市では、福岡・天神で2期連続の賃料上昇が確認され、名古屋・栄では空室率0.0%が続いています。セカンダリーエリアへの出店拡大も進み、“都市の中心”がにわかに広がりを見せています。
【考察】銀座・心斎橋が賃料最高値を更新し続ける理由──“坪単価”では語れない、都市空間の価値構造
ここで特筆すべきは、銀座や心斎橋のような「高価格帯マーケット」がなぜ継続的に成長しているのか、という点です。表層的には“高い賃料でも借り手がつく”という現象ですが、そこには都市の空間価値に対する評価の転換が潜んでいます。
1. 出店は「販売」から「演出」へ──フラッグシップ戦略の進化
銀座や心斎橋では、店舗を単なる販売の場としてではなく、「ブランドを体験させる舞台」として位置づける出店が増えています。リテーラーはもはや「最小限の賃料で効率よく売る」ことを重視しておらず、「最適な立地で最大の話題性を生む」ことを優先しています。
特にラグジュアリーブランドや日本初進出の企業にとっては、出店するだけで報道価値が生まれるため、“坪単価”ではなく“象徴価値”が重要視されています。
2. 空室ゼロが意味する“物件のプレミア化”
銀座・心斎橋ともに今期の空室率は0.0%。これは単なる需給バランスではなく、供給の限界を意味します。こうした状況下では、稀少な募集区画をめぐってリテーラー間で競争が発生し、結果として賃料は跳ね上がります。
特に銀座では松屋通りの事例で、アパレルブランド間の競合により、相場を大幅に上回る賃料での成約が報告されています。心斎橋でも御堂筋沿いの区画に対し、アウトドアやシューズブランドが短期間で申し込みを入れた事例が確認されており、“速さ”と“金額”の勝負になっています。
3. リテーラー側の“体力”が変わった
もう一つの大きな変化は、出店企業の顔ぶれと財務体質です。コロナ禍を生き残った企業は、資本力・ブランド力ともに強く、平均的な賃料負担力が上昇しています。
特に高額品を扱うラグジュアリーや時計・宝飾、ドラッグストア、ショールーム型リテーラーなどは、高い坪単価でもブランド認知やマーケット支配力を獲得できると判断し、強気の条件で出店しています。これは単なるインフレではなく、「支払えるプレイヤー」が入れ替わった結果とも言えるでしょう。
4. 都市構造の変化──ハードが価値をつくる
心斎橋では2028年末開業予定の御堂筋西側開発が発表され、これまで“裏通り”だった西側の評価が上がり始めています。ブランドが「御堂筋」という都市軸そのものに価値を見出し、出店を前提に動き出しているのです。
これは、「開発計画があるから価値が上がる」のではなく、「都市の構造が価値を創出する」フェーズに都市商業が移行したことを意味します。空間の作られ方そのものが、テナント戦略に影響を与える時代になっています。
都市空間は“価格”ではなく“意味”で選ばれる時代へ
2025年第1四半期、商業地は単に坪単価の数字を超えて、「そこに出店する意味」が問われる局面に入っています。リテールはもはや効率戦ではなく、ブランドの存在意義を可視化する行為になったのです。
この動きは今後さらに強まり、都市間競争・エリア内競争の激化、開発側の戦略高度化などを通じて、ハイストリートの意味は再定義されていくでしょう。
いま、賃料という数字の裏側にある、“都市空間の物語”を読み解く力が、都市経済の未来を左右しようとしています。
【出典元】
→ジャパンリテールマーケットビュー 2025年第1四半期