2024年元日に発生した能登半島地震は、石川県を代表する老舗旅館「加賀屋」にも深い爪痕を残しました。しかしそのわずか1年後、加賀屋は再起に向けた大きな一歩を踏み出します。
被災した本館の再建を断念する一方で、七尾湾沿いのグループ所有地に新たなフラッグシップとなる五階建ての新館を建設。建築デザインには隈研吾氏を起用し、2026年冬の開業を予定しています。本稿では、震災からの復興と次代への進化を同時に見据える「真・RYOKAN計画」の全貌を解き明かします。
団体型から個人主義へ──加賀屋が挑む“旅館の構造改革”
加賀屋は1906年創業、国内外から高い評価を受けてきた老舗旅館です。しかし2024年の能登半島地震で建物の外壁にはX状のひび割れが多数発生し、営業を全面休止。特に宿泊棟「雪月花」「能登渚亭」「能登本陣」「能登客殿」の4棟(合計233室)は損傷が激しく、宿泊施設としての利用は断念されることとなりました。
このような厳しい状況の中、加賀屋グループは“震災に背中を押された形での決断”として、既存課題の抜本的解決に舵を切ります。老朽化と複雑な動線構造といった従来の問題を克服し、サービス品質をさらに高めた「新しい加賀屋像」を打ち出す戦略です。
七尾湾に新たな象徴──隈研吾が手がける「五階建ての加賀屋」
新旅館の建設地は、現加賀屋から西へ約550mの七尾湾沿い。約30,000㎡の所有地のうち、約4分の1を建設地として活用します。
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建物概要: 地上5階建て、延べ床面積8,610㎡、構造は鉄筋コンクリート造・鉄骨造・木造の混構造
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客室数: 約50室(全室オーシャンビュー)、全室に露天または半露天の温泉風呂を設置予定
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付帯機能: 離れの設置、輪島塗の沈金体験など伝統文化体験スペースの整備
設計は世界的建築家・隈研吾氏。和の設えをベースにしつつ、全室にベッドを採用するなど、現代の宿泊ニーズに応じた洋風の快適性も取り入れます。開業は2026年冬を予定しており、加賀屋創業120周年の節目の年に重なります。
三館三様、個性で勝負──「あえの風」「虹と海」「松乃碧」の再出発
新館と並行して、地震で休業中となっているグループ旅館「あえの風」「虹と海」「松乃碧」についても、2026年度中の営業再開を目指して修繕が進められています。被害の大きかった建物は一部解体も視野に入れており、再開の時期は施設ごとの状況に応じて段階的に判断される方針です。
今回の再建にあたって加賀屋グループは、それぞれの旅館に明確な役割と個性を持たせるリブランディング戦略を打ち出しました。かつて団体旅行に適した一括対応型だった施設構成から、個人旅行を重視した分散型・選択型の宿泊体験へと大きく舵を切る構えです。
旅館名 | 特徴 | 客室数(予定・既存) |
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新旅館 | フラッグシップ、加賀屋の未来型旅館 | 約50室(全室オーシャンビュー) |
松乃碧 | 静けさと寛ぎの時間、落ち着いた上質空間 | 約31室 |
あえの風 | にぎわいと交流を楽しむ旅館 | 約100室 |
虹と海 | カジュアルで気軽な滞在、自由な旅の起点 | 約60室 |
これにより、旧本館の233室からは客室数がやや減少(約240室)する一方で、滞在スタイルの多様化に応える柔軟な構成となっています。価格帯・設え・料理なども再編成し、それぞれが異なる宿泊体験を提供することで、より広範なニーズへの対応が可能となります。
とくに、従来のような一括対応ではなく、「静寂を求める富裕層」から「アクティブな個人客」「気軽なリピーター層」までを射程に入れた多層的展開は、震災後の観光需要変化にも即した柔軟な構造といえるでしょう。
地域を巻き込む復興戦略──“旅館の外”に広がる加賀屋の次手
今回の再建は、旅館単体の復旧にとどまりません。加賀屋グループは中長期戦略として次の3ステップを掲げています。
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和倉温泉の4旅館リブランディングによる再構築
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奥能登観光のハブ機能強化、他地域への横展開
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飲食・物販など非旅館事業の強化による経営基盤の多角化
能登エリアでは震災後も観光需要が完全には回復しておらず、地域経済の低迷が課題となっています。加賀屋は新館を核としながら、和倉温泉以外のエリアにも活動を広げ、観光復興の推進役として地域と共に歩む道を選びました。
建物は変わっても、心は変わらない──「加賀屋の再創造」が照らすもの
渡辺崇嗣社長は「加賀屋らしさを引き継ぎながら、新しい価値を加えたい」と語ります。新館はあくまで“ハード”の刷新であり、その根底に流れる“ソフト”──つまりおもてなしの精神こそが、加賀屋の真価です。
建物は変わります。しかしその場所で受け継がれてきた心は、形を変えて残り続ける。新しい加賀屋が開く扉は、震災からの復興にとどまらず、旅館業の未来そのものを描き直す可能性に満ちています。
2026年冬、和倉温泉に再び灯るあかり。その光が能登全体を照らす希望となるか──その答えは、旅の始まりにきっと見えてくるはずです。
出典元:
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北國新聞
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MRO北陸放送
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日経クロステック
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加賀屋グループ公式発表・報道資料