物質の状態をナノレベルで分析し、創薬や高分子材料開発など広い分野での応用が期待される次世代放射光施設の建設工事が仙台市の東北大学で2023年度の運用開始を目指し進んでいます。文部科学省が2018年7月3日に、国と協力して整備や運用に当たる提携先に宮城県や東北大などを選んだと発表しました。
21世紀に入り、加速器技術の発展により3GeV程度のコンパクトな加速器でも高輝度放射光を得ることができるようになり、海外で計画が進められてきた軟X線向け次世代型の放射光施設が相次いで建設されました。現在、国内の代表的な放射光施設としては、兵庫県に理化学研究所の「Spring-8(スプリング8)」があり数多くの成果を上げてきましたが、3GeV程度の軟X線領域での放射光施設は多くはなく、2010年以降、世界は軟X線領域において100倍の性能差を日本につけはじめています。
スプリング8は「硬X線」と呼ばれる放射光を使うのに対し、次世代放射光施設は硬X線よりエネルギーは低いが明るく輝く「軟X線」を使用します。硬X線は重元素を感度良く測定でき、物質内部の分析を得意としています。「次世代放射光施設」は、この性能差を日本の加速器技術で一気に逆転することが可能とする最新の放射光施設です。
【出展元】
→次世代放射光施設整備開発センター
→国立大学法人 東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター
電子の振る舞いやダイナミクスをみて性能がわかる
「次世代放射光施設」は、海外との性能差を日本の加速器技術で一気に逆転することが可能とする最新の放射光施設です。「可視化」と「コヒーレント光」を武器に、AI・ビッグデータ活用時代の研究開発との融合により、日本の研究開発力を抜本的に強化します。
軟X線領域の高輝度放射光は軽元素を感度良く測定でき、従来の物質構造に加え、機能に影響を与える「電子状態」、「ダイナミクス」等の詳細な解析が可能という特徴を持ちます。また、物質表面の分析では、たんぱく質や触媒材料の表面で起こる化学反応の変化等の解析による創薬や新たな高活性触媒等の開発が、磁性・スピンの解析では、磁石やスピントロニクス素子等の研究開発が期待できます。これらの基礎から応用までの多様なニーズに対応し、科学技術・学術の発展に貢献するため、 多様な光を発生させるビームラインの検討を進めています。
次世代放射光施設を中核としたリサーチコンプレックス形成
出展:東北大学>変革のプラットフォーム としての大学
次世代放射光施設では、国内の既存の設備においてこれまで分析が難しかった リチウムやカーボンなどの軽元素を高輝度で分析できることから、 触媒・電池、エレクトロニクス・フォトニクス・情報通信、エンジニアリング、 自動車・輸送用機器、鉄鋼・金属・鉱業、健康・医療、食品・農林水産、 エネルギー・環境、医薬・バイオテクノロジー、ソフトマター、セラミックス、 ナノテクノロジー、情報科学などの分野での利活用が期待されています。
一般財団法人 光科学イノベーションセンターで次世代放射光施設のユーザーとなる企業を『コアリションメンバー』と呼んでいます。この名称は、ユーザー企業が必要に応じて学術研究者と一対一の研究開発の連合(コアリション)を組み、 製品開発・技術開発等の「競争領域」で放射光施設を利活用できる仕組みを採用していることから名付けられました。加入出資金:1 口(5,000 万円) で10 年間、年間最大 200 時間の施設利用が可能で、年間あたり500万円で、10年間にわたって、 設備のメンテナンスコストや設置スペース、オペレータを抱えることなく、 世界最高輝度の放射光による分析が可能となる権利を得ることができます。 しかもその結果は、全て非公開です。光科学イノベーションセンターでは、民間企業のほか、大学や国立研究所も含めて100を超える機関を コアリションメンバーとして迎える予定です。
具体的な動きの一例ですが、アイリスオーヤマは2019年9月26日付けのニュースリリースで、2023年稼働予定の次世代放射光施設のコウリションメンバー(coalition=有志連合)加入したと発表しました。
次世代放射光施設を利用することで、今後の新商品開発のさらなるスピードアップと新規カテゴリーの商品開発、新技術の開発を進めます。具体的には、食品事業における「おいしさの可視化」による製品ラインアップの拡充やLED照明と家電製品などに使用される素材の劣化特性を考慮した研究開発を予定しているとの事。さらに、他のコウリションメンバーとの技術交流や融合を促進することで仙台・東北の産業におけるイノベーションにつなげ、震災からの創造的復興を後押しする、としています。
【出展元】→アイリスオーヤマ>イノベーションと付加価値の創出にむけて次世代放射光施設 コウリションメンバー加入を決定
次世代放射光施設の性能諸元
次世代放射光施設 | SPring-8 | |
加速器エネルギー | 3 GeV | 8 GeV |
蓄積電流 | >400 mA | 100 mA |
セル数 | 16 | 44 |
リング周長 | 349 m | 1,436 m |
エミッタンス | 1.14 nmrad | 2.4 nmrad |
消費電力 | 5 MW | 40 MW |
最大ビームライン数 | 28 | 63 |
年間最大運転時間 | 6,000 時間(目標) | 5,300 時間 |
建設費 | 約 360 億円 | 約 1,100 億円 |
年間運営予算 | 約 30 億円 | 約 98 億円 |
計画地は、東北大学青葉山新キャンパスの南側約54,600㎡で、1周349mのリング状の高輝度加速器を備えた蓄積リングやビームラインを収容する「蓄積リング棟」と線型加速器を設置する長さ約150mの「ライナック棟」の2棟を整備。S造一部RC造、地下1階、一部2階建て、延床面積25,262㎡。加速器を格納するトンネルや床部がRC構造で、高さ15m、うち5mが地下に埋まる形となります。建設費は約360億円で、内訳は、加速器が約170億円、ビームラインが約60億円、基本建屋が約83億円、研究準備交流棟が約25億円、土地造成が地盤改良を含め約22億円となっています。
仙台駅から地下鉄東西線で約9分で到達できる、こういった施設としては破格の交通利便性、東北大学のキャンパス内で同大学とのシナジーが期待出来る他、 60ペタバイト級高速解析サーバの整備、解析ソフトウェアを開発しサイエンスパーク(約4万㎡)と一体となった研究開発の新たな拠点を目指す計画となってます。
国内既存施設の100倍の性能を誇る『次世代放射光施設』+『東北大学』+『60ペタバイト級高速解析サーバ』+仙台駅9分の利便性=超サイエンスパーク。うまく歯車が廻ればもの凄い研究開発エリアが仙台市に誕生する事になるかもしれません!これは本当に期待できそうなプロジェクトだと思います。
開発スケジュール
設計は日建設計、施工は鹿島・橋本店JVが担当。工期は2023年3月31日で、2023年度中の運用開始を目指しています。